こんにちは。

 

ぶどうさんです。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

うららかに晴れましたね。

 

各地で卒業式が行われているのでしょうか。

 

おめでとうございます。

 

良い門出になりますこと、そして新たなる旅の始まりを応援いたします。

 

本日無意味な質問?のお話です。

 

 

昨年に始まり今年も終の棲家探しを続けているぶどうさんち。

 

もともとは通勤が遠すぎること、集合住宅の限界を知ったことで「できれば職場に近めの戸建てを」というコンセプトで始まったこのプロジェクト。

 

いくつかハウスメーカーや工務店を見て回り、そこで土地を見つけてもらえることを確認し、自分達でも探してみようとしてきた。

 

そこで知ったことは、土地探しはなかなかに難しいこと、いいところは田舎でもとんでもないお値段であることであった。

 

土地を探してくれたところで建てようと当初思っていたが、とある担当者によればその考えはどうやら逆であったらしい。

 

その人曰く「ここ!とメーカーを決めてから土地を探してもらったほうが、本気になってくれますよ」と。

 

シロウトでは考えつかなかったことである。

 

というのも、ぶどうさんは「この規模の、こういった仕様の住宅をたてるのにいくらかかりますか」という見積もりを各社からとり、メーカーを決めるのが普通と思っていたから。

 

住宅業界は、まったくの未知の世界である。

 

ところで、今回の表題の「無意味な質問?」は、実はここに関係することなのである。

 

モデルハウスを見学し、担当者と打ち合わせをする際、共通に聞かれたことがあった。

 

それは、出身地。

 

単に情報として必要なのか、それとも違う意味で必要な質問なのか。

 

モデルハウス初心者であったころ、おしゃべりなぶどうさんのこと夫に怒られるので余計なことは言うまいとしていた。

 

ところが夫があっさり自分の出身地を言ったので、へ~?と思っていたが後ほど、そのことでこっぴどく怒られてしまった。

 

ぶどうさんが出身をペラペラしゃべって相手に余計な情報を与えている!と。

 

いやいや、君が先に言ったんだよ!と思ったが、なんか割り切れない気持ちである。

 

次に行ったところでもその次でも、夫婦の出身地を聞かれた。

 

なかには、戻るご予定は?という質問も。

 

もともと今いるところは、縁もゆかりもない土地である。

 

仕事の関係上ここにおらねばならず、家を買うという話なのだ。

 

家を買ったらおいそれと買い替えることはできないので、腹をくくってここを終の棲家にするというだけの話でもある。

 

それにぶどうさんの実家はもうないし、夫の実家はまだあるが、そこに戻る予定はない。

 

だから出身地や、戻るご予定は?というのは無意味な質問だな、と思っていたのだ。

 

だが、この頃思うことがある。

 

定年が見えなくなってきた昨今、転勤族の夫はいったいどこで定年を迎えられるのかわからなくなってきた。

 

今、縁もゆかりもないこの土地で家を買ったら、多分家を貸すか単身赴任になってしまうだろう。

 

そうなら何のために今買うのか、わからない。

 

また終の棲家探しを始めてしばらくしてから、今いるところがとてもいい場所だったとも気が付いた。

 

通勤の不便さが難点だが、年をとってから住む場所としてはとてもいいところだったのである。

 

他の場所にわざわざ土地を探す必要があるのか?

 

ここ近辺を探したらいいのではとも思い始めた。

 

土地は高いけど・・・・。

 

でもそれ以上に夫には言えないが、このごろ頭を悩ませている問題がある。

 

それは、夫の母親である。

 

実家で元気に一人暮らしをしているのだが、今後どうするのかということだ。

 

ぶどうさんとは折り合いが悪いので、将来夫は自分だけ(他の兄弟もいる)で面倒をみるというだろう。

 

それはしかないのかもしれないが、ここからなら実家にいくだけでも諭吉さんが飛んでいく。

 

月に数回帰るだけで、年間となるとかなりの金額になってしまう。

 

数年前お金が湯水のように出ていった実績があるので、断言できる。

 

子育てと違い介護はゴールがみえない。

 

一体いつまで続くかもわからない恐怖。

 

それなら、実家にそんなに遠くもなく近くもないところに、家を買ったほうがいいのかもしれない。

 

最近はそんな思いもよぎるようになった。

 

無意味に思えた、ハウスメーカー担当者の質問。

 

戻る予定はないけれど、そこに戻って何をするのさ、と思っていたけど、意外に深い意味があったのだ。

 

冷たいようだが、夫の親は夫にまかせるつもりのぶどうさん。

 

今も将来も会うつもりはない。

 

けれど住むところだけは、自分たちのために少しだけ譲歩しようかと考えはじめたぶどうであった。