断捨離に挫折して、いいとこどり自己流片づけ中のぶどうさん。
ステラレネーゼであり買いだめ野郎でありとり置き女であったが、この頃は訓練の成果か、ストックに対してはだいぶ改善されてきた。
具体的に言うと、「あるものは安くても買わない」が5割を超える勝率で実行できるようになったし、すぐ手に入るストックは1つ、そうでないものものも馬鹿みたいに沢山はもたないようになってきた。
調味料の種類を増やさないということもかなり出来ていると思う。
こうした努力により、徐々にストックのある納戸部屋はすっきりしてきた・・・気がする・・・多分・・・ちょっぴり・・
一方で困ったことも起こってきた。
なくても困らない、ぎりぎりまで買わない、代用するということを平気でするようになったのである。
今までは少なくとも1つはストックがないと不安だったのが、全然なくても「ああ、なかったわ~」という風に変ってしまった。
こういうと、断捨離含むシンプルライフ派はそれでいいのだと思うのだろうけど、ぶどうさんはそんな自分に危機感を抱いてしまった。
緊張感が足りない!
なくて済ませるものは、ある。
代用することも出来る。
けれどそういう意識だと、買い忘れるし揃え忘れちゃうのだ。
肝心なときにないとわかって、買いに走るのってどうだろう。
あまり格好いいものじゃない。
それなのにそれなのに、今そういう状態。
以前はこれが理想的だと思っていたが、そんなのただのゆるい女じゃないか。
実を言うとぶどうさんちには、なくて久しいものがあったりする。
しかも危機感抱いてないし。ゆるゆる~。
そのないものとは、たとえば白ゴマ、例えば薄力粉、お酒、アーモンド、くるみ・・・。
ほとんどがぜいたく品だったり、食事の主役ではないものなのだけど、ないと困ったり料理やお菓子が作れないものばかり。
さすがに料理用のお酒は買うことにしたけれど、そのほかのものはないまんま。
どこかで手に入れようと思いつつ、スーパーでは買い忘れ、通販に注文するには腰が重くてそのまんま。
バターは例の如しでないし、ショートニングもない。
ないないない、で・・結構日々暮らしている自分がいたりする。
おかげでお菓子は作ってないけれどね。
なければないで暮らせるものというが、買おうという気があっても実行に移さないだけって気がして、これはただの怠慢ではないだろうかと首をひねってしまう。
ないことで不安は抱かなくなったようだが、ないことで一本頭のネジまで外れてしまったような気がしてならない。
いずれにせよ、自分が理想だと思った状態は、実際にそうなったときそうでもないと確認されることもある、という事例になった。
なんでもほどほど、やりすぎゆるすぎはいかんってことね。
それに片付けなんてさ、ただのプロセスやメソッドで目的じゃない。
その辺がごちゃごちゃだから、目的にすりかえちゃうのよね。
そしてあらぬ方向に発展させようという人もいるし。
間違えないようにねー。