常連さんの山形のはっちゃんさんからのリクエストで書きます。今回は平成に開局した日本テレビ系・テレビ金沢、長崎国際テレビ、鹿児島読売テレビと未開局に終わった沖縄・南西放送と宮崎第三民放局も取り上げたいと思います。




KTK・テレビ金沢 1990.4.1開局

日本テレビ初の平成新局で、石川県第三民放局の座をテレビ朝日と争い、勝利しました。

当時歪な編成だったMRO・北陸放送やオーバーキャパシティだったITV・石川テレビの過密編成を解消しましたが、その恩恵は例によって放送エリア拡大迄待たなければなりませんでした。



NIB・長崎国際テレビ 1991.4.1開局

此方は逆に長崎県第三民放局の座をテレビ朝日と争い、一度は敗れました。しかし、そこからリベンジを果たし、長崎県第四民放局の免許を取得して開局しました。

当初は当時の天皇陛下(現・上皇)の即位式典に合わせて1990年10月に開局する予定で、それに合わせてテレビ長崎から大半の番組を引き払いましたが、開局準備が遅れ、半年延期になりました。

その為、半年の空白が出来てしまいました。



KYT・鹿児島讀賣テレビ 1994.4.1開局

鹿児島県第四民放局にして、NNN最終系列局となりました。

鹿児島県の四局化は1980年代から決まっており、1985年に鹿児島テレビがFNNとNNNのクロスネットとなり、本来なら昭和時代に開局する筈でした。

処が開局調整が遅れたのと、バブル崩壊の不況で開局延期となり、実に最大7年もズレる事態となりました。


幻の系列局

南西放送・沖縄県第四民放局

一時は沖縄にも進出を検討していましたが、バブル崩壊後の不況で日本テレビの経営も大変となったのと、知事の力不足が原因で幻の放送局となってしまいました。

宮崎県第三民放局

最後のトリプルネット局となったUMK・テレビ宮崎の過密編成を解消しようとしましたが、此方もバブル崩壊による不況と知事の力不足で幻の放送局となってしまいました。

日本テレビでもテレビ朝日でも過密編成の解消とジャイアンツ宮崎キャンプの特番が期待出来ただけに無念と言えます。


そして、平成日テレ局は日テレの高視聴率の後押しもあり、地元でも歓迎されたと同時に、数年で視聴率トップに躍り出ました。