山形のはっちゃんさんからのリクエストがありましたので上げます。バブル期の1980年代後半に構想が上がり、1990年代に相次いで平成新局が開局した全国4局化運動。

結論から言えば

・バブル崩壊を境にブレーキが掛かり、未開局の地域も発生した

・殆どテレビ朝日系やテレビ東京系ばかりが恩恵を受けた

と言った所でしょうか? 

 

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此処ではまず先に割当られた免許を羅列します。

1984年

長野第四民放局(後のabn・長野朝日放送)

熊本第四民放局(後のKAB・熊本朝日放送)

鹿児島第四民放局(後のKYT・鹿児島読売テレビ)

当初は1987年頃に開局する予定でしたが、免許申請者が多数のため一本化調整が長引き、開局は平成時代にずれ込みました。

福島県と新潟県は全国4局化運動以前の1983年に民放4局化が実現しました。TUF・テレビユー福島(1983.12開局)とNT21(現・UX)・新潟テレビ21(1983.10開局)の開局は全国4局化運動の足掛かりになりました。


1985年
地元からの要望などにより構想
北海道第五民放局(後のTVh・テレビ北海道)
青森第三民放局(後のABA・青森朝日放送)
岩手第三民放局(後のmit・岩手めんこいテレビ)
秋田第三民放局(後のAAB・秋田朝日放送)
山形第三民放局(後のTUY・テレビユー山形)
東京第六民放局(後のTOKYO MX)
富山第三民放局(後のTUT・チューリップテレビ)
石川第三民放局(後のKTK・テレビ金沢)
山口第三民放局(後のyab・山口朝日放送)

愛媛第三民放局(後のITV・あいテレビ)

福岡第五民放局(後のTXN九州→TVQ九州放送)

長崎第三民放局(後のNCC・長崎文化放送)
大分第三民放局(後のOAB・大分朝日放送)
地方の情報格差の是正と地元からの要望を背景に、郵政省(現・総務省)が全国4局化を構想しました。

1986年 

免許交付

北海道第五民放局(後のTVh・テレビ北海道)
青森第三民放局(後のABA・青森朝日放送)
岩手第三民放局(後のmit・岩手めんこいテレビ)
秋田第三民放局(後のAAB・秋田朝日放送)
山形第三民放局(後のTUY・テレビユー山形)
富山第三民放局(後のTUT・チューリップテレビ)
石川第三民放局(後のKTK・テレビ金沢)
長崎第三民放局(後のNCC・長崎文化放送)
周波数問題から割り当てが見送られた放送局
東京第六民放局(後のTOKYO MX)
山口第三民放局(後のyab・山口朝日放送)
愛媛第三民放局(後のITV・あいテレビ)
福岡第五民放局(後のTXN九州→TVQ九州放送)
大分第三民放局(後のOAB・大分朝日放送)

1989年

免許交付

石川第四民放局(後のHAB・北陸朝日放送)

山口第三民放局(後のyab・山口朝日放送)

愛媛第三民放局(後のITV・あいテレビ)

福岡第五民放局(後のTXN九州→TVQ九州放送)

長崎第四民放局(後のNIB・長崎国際テレビ)

大分第三民放局(後のOAB・大分朝日放送)

宮崎第三民放局(バブル崩壊の影響で実現せず) 

1990年
免許交付
東京第六民放局(後のTOKYO MX)

1992年

免許交付

岩手第四民放局(後のIAT・岩手朝日テレビ)

福井第三民放局(バブル崩壊の影響で実現せず)

愛媛第四民放局(後のeat・愛媛朝日テレビ)

高知第三民放局(後のKSS・高知さんさんテレビ)

沖縄第三民放局(後のQAB・琉球朝日放送)

沖縄第四民放局(幻の南西放送)


1995年
免許交付
山形第四民放局(後のSAY・さくらんぼテレビ)
1993年4月1日にYTS・山形テレビがフジテレビ系からテレビ朝日系にネットチェンジしたことを受けて第4局の開局が求められて、山形県民の熱望により交付。

 

次に系列局順に開局した放送局を羅列します。

日本テレビ系

KTK・テレビ金沢(1990.10開局)

NIB・長崎国際テレビ(1991.4開局)

KYT・鹿児島読売テレビ(1994.4開局・最終系列局)

テレビ朝日系

KAB・熊本朝日放送(1989.10開局)

NCC・長崎文化放送(1990.4開局)

ANB・長野朝日放送(1991.4開局)

ABA・青森朝日放送(1991.10開局)

HAB・北陸朝日放送(1991.10開局)

AAB・秋田朝日放送(1992.10.開局)

YAB・山口朝日放送(1993.10開局)

OAB・大分朝日放送(1993.10開局)

EAT・愛媛朝日テレビ(1995.4開局)

QAB・琉球朝日放送(1995.10開局)

IAT・岩手朝日テレビ(1996.10開局・最終系列局)

TBS系

TUY・テレビユー山形(1989.10開局)

TUT・テレビユー富山(後にチューリップテレビに改称・1990.10開局)

ITV・伊予テレビ(後にあいテレビに改称・1992.10開局・最終系列局)

テレビ東京系

TVh・テレビ北海道(1989.10開局)

TVQ・TXN九州(後に九州放送へ改称・1991.4開局・最終系列局)

フジテレビ系

MIT・岩手めんこいテレビ(1991.4開局)

KSS・高知さんさんテレビ(1997.4開局)

SAY・さくらんぼテレビ(1997.4開局・最終系列局)

独立局

MX・東京メトロポリタンテレビ(1995.11開局)

GYT・とちぎテレビ(1999.4開局・日本最後の民放テレビ局)

未開局

福井第三民放局(TBS系福井文化テレビジョンか、テレビ朝日系福井朝日テレビの予定だった)

徳島第二民放局(TBS系、フジテレビ系、テレビ朝日系のいずれかで開局する可能性があった)

宮崎第三民放局(日本テレビ系宮崎読売テレビか、テレビ朝日系宮崎朝日テレビの予定だった)

南西放送(沖縄第四民放局で日本テレビ系の予定だった)

宮城第五民放局(テレビ東京系が狙うも、免許も交付されなかった)
静岡第五民放局(テレビ東京系が狙うも、免許も交付されなかった)
広島第五民放局(テレビ東京系が狙うも、免許も交付されなかった)
IBS・茨城放送テレビ(茨城県域民放局で独立局の予定だった)

山陰第四民放局(テレビ朝日系が狙うも、免許も交付されなかった)

佐賀第二民放局(平成新局以前に免許失効)


圧倒的にテレビ朝日系が積極的に開局した反面、1960〜70年代のUHF免許大量交付に乗じて増局した他三局は必要最小限に留め、特にフジテレビ系は消極的で本来なら岩手めんこいテレビのみの開局に留めるつもりでした。


しかし、1993年の山形テレビのネットチェンジによる反乱で失った補填局さくらんぼテレビと、時の高知県知事の熱望で高知さんさんテレビが開局しました。


地元でもフジテレビの誘致要望があった青森地区と、嘗てクロスネット局があった山口への進出は遂に叶いませんでした。


逆を言えばUHF免許大量交付時にNET(後のテレビ朝日)は乗り遅れてしまったと言え、この時点で他局並みに開局していれば、平成新局はそんなに多くなかったと思います。


また、テレビ東京系は地元でも誘致要望があった宮城県、静岡県、広島県への進出は遂に叶いませんでした。

徳島は在阪民放局の越境受信が常態化していたため、第二民放局の開局は遂に叶いませんでした。

バブル崩壊が無かったら、茨城、福井、宮崎、南西放送も開局していたと思います。