長らくご無沙汰しています。
非結核性抗酸菌症の方は4カ月ごとの経過観察を継続中で、陰性を維持したまま変わりなく過ごしています。
その後、英国縦断旅行をしたり合唱活動を再開したりするなど、それなりに平和な日々を送っていたのですが、ここにきて独身の高齢叔母の介護問題が浮上してきました。
発端となったのはある土曜日。外出中に従妹から、90を超えて一人暮らしをする叔母が道で転倒して救急搬送されたという連絡が入ってきたのです。同じ市内に住む従妹が搬送先の病院に駆けつけたところ、頭にこぶができているものの本人の意識はしっかりしており、その日は自宅に帰ることができました。
ただ頭を打っているので、しばらくは注意して様子を見るようにと医師から告げられていたので、翌日は妹が、翌々日は私が、冷凍食品を買い込んで夫と共に叔母の自宅を訪れました。叔母の家までは、妹宅からも私の自宅からも車で1時間ほどかかります。
叔母の様子はというと、腰に痛みはあるけれど、日常生活にはさほど不自由している様子はなく、私たちのために昼ご飯の支度をしてくれるなど、元気そうにはしていました。
ただ介護認定の期限が切れていて新規に申請しなければならないことが判明し、急いで地域の包括支援センターに連絡を取って、申請手続きをお願いしました。
実はその1週間後に親戚の法要が予定されており、叔母も出席する気満々だったのですが、腰の痛みがあることから、法要への出席は見送ることになりました。
当日、無事法要と会食を終えた後、帰りに叔母の様子を見に行くため、妹と私、車2台で叔母の家に向かいました(運転はそれぞれの夫)。先に今から行くことを連絡しておこうと叔母に電話をしたのですが、何度電話をかけても出てくれません。少しの不安を抱いたまま、途中で食品を買い込んで叔母の家に到着しました。
叔母の家は公営住宅の3階です。ところが呼び鈴を鳴らしても応答がありません。ドアを叩いて「○○と△△が来たよ~ドア開けて~」と呼びかけると、何度目かに「腰が痛くて立てない」という弱弱しい声が聞こえてきました。大変です。
私たちは鍵を持っていません。管理人さんも出てきてくださったのですが、やはり鍵はあずかっていないとのこと。廊下側の窓から入れないか、色々試してくださったのですが、窓にも鍵がかかっています。
こうなったらレスキューを要請するしかありません。緊張しながら119に連絡し事情を伝えたところ、すぐに救急車が駆け付け、周囲は騒然となりました。
隊員の方がドアを叩いて「XXさん、這ってでも鍵を開けられないかな」など、何度も声をかけてくれるのですが「立てない」「動けない」という返答がかえってくるばかりです。レスキューの方に「ベランダ側から梯子をかけて室内に入ります。窓が施錠されていればガラスを割ることになりますが、了承していただけますか」と尋ねられましたが、もちろんそうしてもらうしかありません。
幸いにもベランダ側の窓は施錠されておらず、レスキュー隊の方が室内に入ったところ、玄関であおむけに倒れている叔母を発見。トイレで転んで動けなくなっていたところを玄関まで移動しようとしたのか、失禁した跡がありました。
レスキューの方たちの手で叔母はタンカに載せられ、救急車で近くの総合病院に搬送されました。私と妹も救急車に同乗しましたが、叔母は疲れていたものの意識ははっきりしていてちょっとした雑談に応じる余裕もありました。
救急科の当直の先生の処置を受けた後、その場で入院が決まり、妹も私もようやく自宅に帰ることができました。長い一日でした。
それにしてもドラマでしか知らなかったレスキュー隊の活動を目の当たりにし、その手際の良さ、プロフェッショナルな働きに感銘を受けました。本当に感謝しかありません。
これが土曜日のことです。月曜日に事情が変わったことを説明するために包括支援センターを訪れ担当の方と面談し、その後病院に叔母を見舞ったところ、思いのほか元気そうで「もうびっくりしたわ。腰の骨が折れていて2か月入院って言われたわ」とのこと。直後に看護師長さんからも説明を受けましたが、正にその通りでした。
その後病院の相談員さんとも面談しました。本人は退院したら自宅に帰るつもりのようですが、もう一人暮らしは無理だと思うので、何とか今年中に退院後の行き先のめどを付けたいと思っています。
ストレスのせいなのか、普段は低血圧なのに、このところ血圧がびっくりするほど上がってしまって、急いで内科を受診しこちらも経過観察中です……
