超古代には、明らかに今より高度な文明があったことは明白ですが、
現代科学も医療も栄養学も、根本的な部分が抜け落ちています。
だから堂々巡りなのです。

つまり、見えない世界へのアプローチ。
我々が見ている現象界、般若心経でいう「色の世界」は、
投影された3D映像のようなものであり、それを生みだす意識の世界、
「空の世界」に真実と叡智が隠されていることを。

量子物理学はようやく「意識」の世界にたどり着いたけれども、
科学の最先端が軍事技術のためにあるような今の地球には、
「フリー・エネルギー」を与えることができないのでしょう。
原子力ひとつまともに扱えないのだから。。。



以下、正統竹内文書の日本史 「超」アンダーグラウンド①
秋山眞人のコラムより


食事は自然との感情のすり合わせ

万葉集かなにかに「草木ことやめて・・・」という歌があります。
「もう草木とはお話ができなくなってしまったのかな。自然に見捨てられ
ちゃったのかな」という嘆きです。

つまり、それ以前の人間は植物と会話ができたようなのです。
日本書紀にも「また草木ことごとくに能く言語あり(よくものいうことあり)」と
草木が話をする時代があったことが示唆されています。

文明が進歩するたび、人間は自然とは離れてしまうのかもしれません。


 橋本健さんという異端の科学者がいました。生前、ずいぶん親しくさせてもらって
いました。

橋本さんは「4Dメーター」(4次元波受信器)というウソ発見器を応用した
機械を作り、植物とのコミュニケーションに成功しました。
「バクスター効果」と呼ばれる現象です。
 
 キャベツを千切りにしようとすると、悲しい音を発することからも、
我々が日々口にする野菜ですら感情があるのです。

ただし、私の経験からすると植物はある瞬間から覚悟を決めるようで、
「私を食べてくれるなら大事に活かしてね」というような、すがすがしい明け渡しの
エネルギーがあります。対して肉はふてぶてしい(笑)。

特に、劣悪な環境で育てられた畜産物には苦しみのエネルギーを感じます。
のびのびと放牧されていたり、また野生の動物などには、そういったものが少ないのです。


 食事は自然との感情のすり合わせです。
失礼ながら、私が菜食主義者たちに薄っぺらさを感じるのは、霊的レベルの考察が
欠けているように思えるからです。

アメリカでは、すでに肉食+ビタミンCのローカーボン(低炭水化物)の健康法が
見直されています。
あまり原理主義にならず、食物を感謝して口にすることが大切だと思います。