伊豆に流された、源氏の御曹司頼朝。
そこはかとなく血筋のよさが品性に顕れていた・・・
そんな想像をしてみると、
伊豆の地に残された悲恋の物語もまたむべなるかな。
前回、山木邸が蛭ヶ島に近かったことから、山木(平)兼隆が
頼朝の監視役であったと書いたが、藤原氏の血を引く伊東祐親
（すけちか）もまた、平氏の信任を得た監視役の一人であった。
伊東の氏が示すように、現在の静岡県伊東市に勢力を持っていた
豪族であったが、祐親の父親の死後、祖父(工藤祐隆)は後妻の
連れ子を嫡子として伊東本領を与え、祐親には河津荘を与えた。
憤懣やるかたない祐親は、後にその祖父の後妻の連れ子
（＝祐継）の子である祐経から伊東荘を奪い返したのだった。
伊東荘を奪われた祐経はこのことを恨んで、今度は祐親の
嫡男である河津祐泰を殺害する・・・
そしてこのことが、後年河津祐泰の子ら（＝祐親の孫達）に
よって、頼朝が催した富士の巻狩りの場で、父・祐泰の仇である
祐経を討ち果たす「曾我兄弟の仇討」の原因になってゆく。。。
このような血塗られた歴史、骨肉の争いが延々と繰り返される
泥沼の中にあって、重なるカルマに終止符を打たんとするかの
ごとき一筋の愛の光が放たれるのを、我々はしばしば目にする。
くだんの伊東家においての一条の光は、八重姫であった。
伊東祐親が大番役で上洛している間に、三女の八重姫が
頼朝との恋におちたのだ。
八重姫は、頼朝との間に千鶴丸をもうけるまでの仲になり、
頼朝の言わば初婚の相手といえるが、平清盛の信頼を
受けていた祐親が、それを許すはずもなかった。。。
祐親は激怒し、千鶴丸を伊東の松川に沈めてしまう。
さらに頼朝の殺害を企てるが、頼朝は祐親の次男祐清の
知らせを受けて熱海の伊豆山神社に逃げ込んだ。
身内に内通者があっては謀もままならないわけだが、
この祐清は、頼朝の乳母・比企尼の三女、つまり源氏
ゆかりの者を妻としていたのであった。
頼朝はその後、北条時政にかくまわれて、やがて政子と
出会うことになる。
一方、全てを失い、失意のどん底の中で八重姫は、
殿との想い出の蛭が小島に程近い狩野川の、真珠が淵に
身を投げて還らぬ人となるのであった。
そして、さらに悲劇は続く。
主を失ったお伴の女たちは、
もはやこのまま伊東に帰ることなどできないと、
山越えの道中にて自刃してしまった。。。
地元の村人は「女塚」を築いて、６人の侍女を手厚く
葬り、今もその場所はきれいに整備されて、供養が
続けられている。
また、狩野川との合流点に近い古川の傍らの真珠院には、
やはり、当時の里人が八重姫追善のために立てた供養塔が
残っている。
伊東祐親はこのことがあってすぐに仏門に入って
伊東入道となる。。。
やがて頼朝が挙兵すると、祐親は、大庭景親らと協力して
石橋山の合戦でこれに勝利するも、追っ手に見逃された頼朝は
東国の武士団を率いて巻き返していった。。。
富士川の戦いで祐親は捉えられ、娘婿の三浦氏預りとなるが、
三浦氏の懇請により命を救われる。
しかし、祐親はそれを潔しとせず、
かつての頼朝への仕打ちを恥じて自害した。
伊東祐親は何のために闘ってきたのだろう・・・
なぜ最愛の娘を失わなければならないのか・・・
彼はきっと、その答えを求めるために仏門に入ったのであろう。
千鶴丸と静（八重姫）が共に存命で、源氏再興の頼朝を支えて
いたならば、もしかしたら鎌倉幕府の執権職は、北条氏ではなく
祐親の子孫が代々務めていたのかもしれない・・・
祐親もまた時代の激動の波に翻弄されつつ、宇治川で自刃した
源頼政同様、平氏の世から源氏の世への橋渡しに借り出された
欠くことのできない脇役の一人であったのだろう。
殺し合いの中で、生かしあいもしてきた我々の祖先。
その戦乱の世にあっても、悲しいかな「人の心」は捨てられない。
その「人の心＝良心」が常に自分自身を責め立てるのだ。
和平を望むがゆえに姻戚関係を結び、またそれが原因で
悲惨な争いを生んできた。
その中で、ただただひたすらな愛に生き、愛のために、
そして主人のために散っていった女性達もまた、主役と共に
歴史の舞台を創り上げていったかけがえのない人々であった。
合掌