さて、合唱団に入団しておよそ9ヶ月が経つ頃には、
1年生もそれなりの「歌い手」としての意識が芽生えてきます。

オーディションにも合格し、
「それだけの練習を俺たちはやってきたんだ」、という自負を
内に秘めて、本番に臨もうとしていました。


演奏会が近づいてくると、畑中先生がなんと練習会場の
幼稚園にまで足を運んでくださって、曲を練り上げてゆきます。

僕らはもう、夏合宿の時とは全く違いました。
畑中先生の棒(タクト)の動きに応えて縦横無尽に大空を翔け、
またある時は水面の静寂に息う、巨大な龍になっていました。

そんなふうに思えるような、団員一人一人が発射する声の響きが
合わさり絡み合い束になり、いつしかまるで生き物のようにうねる
「音の魂」へと成長していたのです。

先生にどやされながらも、必死に先生のご要求についていこうとする
団員の真剣なまなざしと、先生の妥協を許さないビジョンが一つになって、
永遠に続くかのような絶妙なピアニッシモが生み出されてゆく・・・

一人一人の息がそんなに長く続くハズがなにのに、
永遠に途切れることの無いかのようなピアニッシモが続くのです・・・

かと思えば、それとは反対に、地の底から這い上がる地響きにも似た
クレッシェンドから怒涛のフォルテッシモになだれ込んでゆく・・・


この圧倒的な音量の幅は、まるで3Dシアターの画面と連動して動く座席に
座っているかのように、聴く人が座席に押し付けられたり、思わず身を
乗り出していたり、息を止めていたりする程の「音圧」となるのです。

私が現役でいた当時、20年以上前ですが、団員は100名近くおり、
その100名が力の限り歌うそのパワーこそ、学生男声合唱の醍醐味でした。
そこに、畑中マジックによる「表現力」=「芸術性」が加わるのです。

勝ち負けなどもちろんないのですけれど、畑中先生を専任指揮者に戴く以上
「他のどの大学合唱団にも負けないぞ」と思っていましたし、だからこそ
他のどの合唱団よりも濃い練習をしてきたという自負が団員を支えていました。

今、こうして書いているだけでも、当時の想いが鮮明に甦ってきます・・・
私たちは「絶対に下手な演奏はできない」と自分達に言い聞かせていました。
それが、私たちの宿命でもあったのでしょう。


でもね、でもですよ?

私たちは所詮、ド素人の集団なんです。
一人一人の技量なんて、お恥ずかしいもんなんです。

そして皆が心の中にこのジレンマを抱えていたわけです。
一流の大学合唱団でありたい!
でも、自分の技量は・・・

伝わりますでしょうか?




この、心の中の葛藤を吹き飛ばし、自分の至らなさを乗り越えて、
本番のステージで堂々と歌い上げる、その原動力となるものは
いったい何なのか・・・


分かりますでしょうか?



もちろん、あらかじめ「畑中先生の演奏」として客席がみていてくださる、
「畑中先生の演奏」がショボイはずがない、とあらかじめ受け取る側の
準備ができているアドバンテージは感じましたし、実際そうだったのでしょう。

しかし、やはり演奏そのものがマズければ後の批判はまぬがれないし、
何より畑中先生のお名前を汚す結果になることは避けられないのです。
我々の代で畑中先生のご指導が終わってしまうかもしれない・・・


せまり来る本番のプレッシャーの中で、団員の心を支えていたもの・・・


それは、やはり「仲間」なのです。
共に練習に励んできた仲間に対する「信頼」なのです。




つづく