ほはよ~ごはいま~~す、KENです♪
今年は、家族で尾瀬ヶ原へ行こうと思います。
片品村戸倉までマイカーで行き、乗合いで鳩待峠へ。
そこから歩いて尾瀬ヶ原へ入ります。
とにかく、大自然に触れたい。
子ども達に、大自然のプラーナシャワーを浴びさせたい。
そして、大自然の美しさを心で感じてもらいたい。
それだけです。

さてさてさて。
ツアーを続けまショー♪
物質の世界と私達のこころの世界が、どうかかわりを持つのか。
「こころへの旅」は、いわゆる「科学」と「精神」の世界との
境目あたりにさしかかっております。
物質とは、原子でできており、原子は原子核と電子からできており
原子核は陽子と中性子とから成り、それらはクォークの回転運動から
形作られている。
ここまでは、前回のおさらいです。
OKですよね?
これをふまえて、先へ行ってみまショー
言うまでもないことですが、私達の体は「物質」でできています。
私達の体を構成している細胞の数は60兆とも80兆ともいわれ
ますが、それらはたんぱく質や炭水化物や無機質などの様々な分子
から構成されており、分子は当然に原子の集まったものであります。
と、いうことはですよ、見てきたように原子の構成要素は全て
クォークからできているわけですから、私達の体とは、究極的には
動植物はもちろん、鉄やダイヤモンドや星や宇宙と「同じ」なのです。
はい、深呼吸して~、リラックスして~、
おっきくイメージしてみてください。
無限に広がる宇宙・・・
クォークの海(宇宙)に無数に散らばる銀河の一つ、天の川銀河。
その中に無数に散らばる星(恒星)のひとつ太陽。その太陽系の
地球に住む私達は、体の中にもまたクォークの海を宿す者なのです。
つまり、私達はこの全宇宙との「共通項」を内在している存在であり、
だからこそ、この全宇宙と「分かり合える」「分かち合える」存在で
あり、宇宙に存在する全ては、互いの分身であり兄弟であるといえます。
さあ、大きく出ましたよ~(笑)
私達のこころもオープンマインドでどんどん広げて
いきましょう。
さて、
「宇宙の構成要素は全て、究極的には同じ物質からできている。
人も石も鉄もダイヤモンドも植物も動物も地球も星も銀河も。」
というところから、その意味するところは、
「宇宙の構成要素は全て、互いの分身であり兄弟であるのだから、
共に分かり合い、分かち合い、調和するのが本来の姿である。」
と言えます。
話が飛躍しすぎ、ですか?
ならば、よく「血を分けた兄弟」という言い方をしますね?
私達は、宇宙のはじまりからずっと存在し、この宇宙を構成して
いる究極の物質=クォークを分けた物質である体を持つ者です。
つまり、宇宙的な視野(宇宙の意識=神)から見れば、人と人とが
憎しみ合い、戦争をするということは、兄弟で殺しあうのと同じ
ことなのです。
「正義は我にあり」「神のご加護を!」といくら叫んだところで、
どんな理由であれ兄弟を殺すことに対して宇宙(神)がお許しに
なるはずがありません。
これは同様に、兄弟である動物や植物、またそれらを育み養う陽光、
大地や海や大気、それらを構成する分子や原子を傷つけ痛めつけて
いる今日の文明(政治・経済・科学)が行き詰った理由でしょう。
つまりは、私達がこの地球上で生み出した全てのものは、また再び
原子やクォークとなって私達の体に還ってくるのです。
川を汚せば、やがて汚染物質は海に行き魚介類の体に入って、
私達の口から戻ってきますし、あるいは海面からは水蒸気と共に
雲となり、再び雨となって地上に降りそそぎ飲み水となるのです。
私達は、宇宙的視野から見た兄弟達の悲鳴の中で暮らし、
その兄弟達を体に取り込み、薬や麻薬でさらに傷つけ、
それを吐き出して、母なる地球の環境を汚し続けているのです。
私達の健康が、いかに危うい状況に置かれているかわかるでしょう。
そして、その宇宙の兄弟達を傷つけているのは、取りも直さず
私達人間の「こころ」なのです。
そこで、この宇宙の兄弟達との調和を保ち、互いに「分かり合い」
「分かち合う」関係を築いていかなくてはなりません。
分かり合うためには、「意思の疎通」が必要ですよね?
と、いうわけで次回は、
宇宙の兄弟たちとの「対話」を試みてみまショー
つづく
生きとし生けるものが、しあわせでありますように。