7回忌 | 雲の呟き

雲の呟き

流れる雲のように、浮かんでは消えていくものの名残を文字にしています。
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「読んだよ」程度のコメントはご遠慮させていただいています。
悪しからず御理解願います。

今日は6年前に亡くなった父の祥月命日。


早朝4時過ぎに異変に気づいた母と父を自宅で送った。


ホントならどこかの僧侶でも呼んで法要でもするのかもしれない。


私も自身は信仰心を頼りにしてます。が形式や組織に囚われないゴクゴク個人的な生き方の原理みたいなものだから僧侶を頼む気にならない。


亡くなった養父母を弔う気持ちは何よりも遺ったものの幸福を最大化することに他ならない。気が済むようにすれば良い。


でそれを墓前で改めて祈念するだけのこと。


普段は拝みもしない息子と次女も今日は墓参りに付き合って線香をあげた。


母が生きている時は母が墓に入るようになったら3年で墓じまいすると公言していた。


墓も仏壇も若い頃は何の意味もないものと思っていた。


でも墓も仏壇も無い女房の実家は遺影が飾ってあるだけで拝む先が無いのは何とも味気ないのを感じる。


拝む時に父や母を思い出して自分自身の中にある、生きている父や母とのひとりがたりをすることができる。


父なら、母ならどういうだろうと思い巡らすことができる。


実母が亡くなったことを報告したり、孫のことを話して自分にとって何が今大事なのか確認することができる。


ブログの書き残しにも似ている。


大事かも。