noblesse oblige
Wikipedia によると
ノブレス・オブリージュ(仏: noblesse oblige フランス語: [nɔblɛs ɔbliʒ])とは、高い社会的地位には義務が伴うことを意味するフランス語[1]。「nobless」は「高貴さ」、「oblige」は「(義務を)強制する」という意味である[1]。
という意味らしい。
世の中には貧富や能力や障害、広く解釈すると地理的、政治的、宗教、慣習などなど個人的には避けられないファンダメンタル、基礎要件をそれぞれ持って生まれてくる。
ちょっと前に「親ガチャ」なる親を蔑んだ表現が流行ったが、不運を嘆いている事に使われる事が多いが、逆に幸運というか条件の豊かなバックグラウンドの人びともいるわけだ。
他人の幸せと比較していると生涯幸せになれない。足るを知るというのは大事。
上には上が必ず居て、下にいる連中を探しては自分の境遇に安心するというさもしい考えに囚われやすい。世の芸能誌のスキャンダルやゴシップ記事が売れるのはそういう心理をついているからだろう。
「天賦の才能」というか能力があるのに使わないというのは私の個人的意見だけど「罪」だと思う。
私個人はとても幸運だといつも感じている。
まず食べるに困っていない。雨風を凌ぐ家も、寝床もある。それだけでも世界のかなりの人々よりは恵まれている事だろう。
病気になっても適切な医療を享受できていて家族も近くで見守る、見守られている。
私はどこかその恵まれた境遇に逆コンプレックスを感じていたことがあって自慢したりSNSでリア充的なことを残すのは下品で卑しいと感じていた。
今は人それぞれだからただスルーしていればいいと傍観できている。
努力をすれば大谷翔平や藤井聡太に誰でもなれるわけではない。
世の中は不公平で理不尽なものだとまず受け入れた上で自分のできること、為すべきことを実現しようとしないのは自分自身に対しても社会にたいしても犯罪ではないのか?
そんなことに構ってられるほど時間は残ってない。