2年前80㎞関門に6分間に合わずDNFになったサロマに明日向かいます。
去年は石垣島のトライアスロンのあと関節リウマチだと宣言され、一時はスポーツどころか普段の生活すら戻れるものかと「不治の病」の重圧にいろんなことを諦めたころがありました。
せっかくエントリーしていた去年のサロマもDNSを決意し、とにかく治療といっても「寛解」ですから対処療法をして痛みから解放されることだけに専念しました。
リウマチ仲間には何年も苦痛に耐えている人たちがいて、自分も覚悟をしなければいけないと思っていました。
ところがメトトレキサート免疫抑制剤だけで何とかふつうに歩行するまでに半年。走り始めて負荷と体のコンディションとバランスする手探りなところから始まり、今年は年初より毎月200㎞程度を走り、1300㎞走破して可能な限り考えうることは消化しました。
それもこれも2年前のDNFの悔しさを晴らすため。あの北の大地に戻るため。ほかのレースもトライアスロンも全部諦めてこの半年サロマにかけてきました。
医師は関節に負担をかけることを良しとしません。当たり前でしょう。勧めるわけもありません。10時間を超えて同じ動きを、体重の3倍以上の負荷を与え続け、健常な人でも翌日にはがに股になるほどの距離。
しかもサロマはほかのウルトラに比べて関門も制限時間も厳しい、平坦ではあるけど結構過酷なレースです。
おそらく私にはサロマはこれが最後の挑戦になるでしょう。
走ることができる私は幸せです。ゴールも、関門もあるんです。一緒に走ってくれて励ましあえるランナーたちも傍にいるんです。応援してくれるボランティアも。
苦痛に耐えている難病仲間がいます。今もゴールの無い苦痛に耐えながら。しかも痛いときは自分ひとりなんです。
誰も痛みを分かち合うことはできませんが、私が走ることでみんなが諦めずに大きな希望を、願いを持てるように精一杯走ってみたいと思っています。
苦難というのはいろんなことを教えてくれます。
病気にならなかったら彼らとこんな感情を共有することはなかったはずです。
難病だけど歳もとったけど、エリートみたいに格好良く速く走ったり、泳いだりできないけど、こんな不器用で不完全な自分の体が好きです。誇りです。そんな自分の5体を信じています。