小4までの私は“伴走型の母”だった
ヤマハの担当の先生の指導を受け、 その要点を自宅で横につきながら息子の弾き方を直す── そんな“伴走型の練習スタイル”を続けていました。
楽譜は真っ黒になり、ページはぼこぼこ。 先生がぐるぐる巻きにチェックを入れた跡を、 私が家庭でひたすら修正していく毎日。
でも、心のどこかでずっと思っていたのです。
-
このままでいいのだろうか
-
高学年になったら、親が横につく練習は限界だ
-
親が主導すると、子どもが自立できなくなる
担当の先生は熱心で、要点を私に伝えてくれる。 だからこそ、親が巻き込まれるスタイルが定着してしまい、 そのルーティンから抜け出すのは簡単ではありませんでした。
そこで私は、小5の時に思い切って講師変更を決断しました。
新しい先生は「コンクール嫌い」の実力派だった
次に出会ったのは、テレビの演奏シーンにも出演経験のある男性の先生。 実力派でありながら、コンクールには強い関心を持たないタイプでした。
その先生はよくこう言いました。
-
「ピアノ以外で夢中になれることを探さないといけないよ」
-
「基礎から積み上げ直すから」
-
「エレクトーンは両立しないほうがいい」
私はその言葉を否定せず、静かに受け入れました。
なぜなら、私自身がすでに “音楽の道の厳しさ” を感じ始めていたからです。
しかし、ここで予想外の問題が発生
基礎からやり直し──チェルニー100番やプレインベンション。 やっていることはシンプルなのに、月謝だけがどんどん高くなるのです。
「コンクールの実績があるからマスターコース」 「次はアカデミカルコース」 「さらに研究コース」
気づけば、一回40分11,000円、月3回33,000円。
やっていることはチェルニー100番なのに、 月謝だけが釣り上げられていく現実。
私は心の中でこう思いました。
-
この金額は妥当なのか
-
子どもの成長に見合っているのか
-
指導方針と月謝が一致していない
-
このまま続けるのは違う
これは、 「愛情」だけでは続けられない現実に直面した瞬間でした。
そして私は、ヤマハを退会する決断をしました。
新しい出会い──地元のベテランの先生へ
ヤマハを辞めたあと、 かつての元講師の門下のつながりで、地元のベテランの先生の門を叩きました。
その先生こそ、今息子が10年続けている先生です。
この出会いが、息子の成長に大きく影響しました。 「長く続けられる環境」を選んだことが、 結果的に息子の音楽人生を守ることにつながったのです。母親としての心理を振り返ると…
この一連の流れには、
-
子どもを信じる
-
子どもの努力を支える
-
親の役割の限界に気づく
-
自立を促すために環境を変える
-
音楽の道の厳しさを理解する
-
経済的現実を冷静に判断する
-
子どもに最適な先生を探す
-
最終的に「長く続けられる環境」を選ぶ
私は「親の熱量」ではなく、 “子どもの未来” を軸に判断してきました。
あの時の決断があったから、 息子は今も音楽を続けているのだと思います。

