もう、かれこれ16年前になるのですね。 

 

 

息子が5歳のころ、当時お世話になっていたピアノの先生から「ヤマハのスタディ部門のコンクールに出てみませんか?」

と声をかけていただきました。 そのときに使っていたテキストが『ピアノスタディ』。 

コンクールデビューの曲は「ヤッホー」と「インディアンの太鼓」。 今思い返しても、あの2曲は私たち親子の“はじまりの音”でした。

 

私自身も、コンクールは初めて。 「せめて“心を込めて弾けましたで賞”くらいは励みになるかな」と、まるで運動会を応援するような気持ちで、ワクワクしながら会場にいました。 あの頃は、結果よりも“挑戦すること”が嬉しくて、ただただ息子の背中を見守っていました。

 

そして、いよいよ息子の番。 小さな体で、一生懸命に鍵盤へ向かう姿は、今でも鮮明に思い出せます。

 緊張しながらも、最後まで集中して弾き切ったあの瞬間。 「よく頑張った!」と胸が熱くなりました。

 

ところが、結果発表が始まると―― 次々と賞が呼ばれていくのに、息子の名前が呼ばれない。 

私も息子も、胸の奥がじわりと冷えていくような感覚でした。 息子の目には涙が浮かび、「ええ…ここで呼ばれないのか…」と落胆の色が隠せませんでした。

 

しかし、ドラマはここからでした。 最後の最後に発表された「スタディ大賞」。 その瞬間、息子の名前が呼ばれたのです。 涙目から一転、歓喜の表情へ。 まさに大逆転。 あの瞬間の空気は、今でも胸の奥で輝いています。

 

翌週、楽器店へ行くと、廊下には息子の名前が大きく掲示されていました。 スタッフの皆さんが手を叩いて喜んでくださり、祝福してくれました。 あのときの嬉しさは、言葉にできないほどで、私の心はドーパミンが大放出。 「こんな世界があったんだ」と、音楽の扉が一気に開いたような感覚でした。

 

ただ、そのドーパミンは私の心に深く根を張り、 ここから“親子のコンクール生活”が本格的に始まっていきました。 喜びも、焦りも、期待も、悔しさも、全部ひっくるめて―― この日が、私たちの音楽人生のスタートラインだったのだと思います。