第118どんとこい「ある作家の手記」 | ナメル読書

ナメル読書

時にナメたり、時にナメなかったりする、勝手気ままな読書感想文。

「ある作家の手記」(小島信夫、講談社文芸文庫『靴の話/眼』所収)


こんにちは てらこやです


小島信夫はへんてこりんだ。へんてこりんだというと悪い意味のように思われるかもしれないし、実際悪い意味しかないのだろうが、やっぱりへんてこりんとしか言えない。あと、小島信夫は理解できない。これもまた否定的な意味合いで使っているわけではなくって、中性的に、純粋に、こころから理解できないと言っている。


例えば「ある作家の手記」という作品。あまりのへんてこりんさに私はえっ、えっ、って感じでつい二度読みしてしまうほどだった。


「ある作家の手記」はこんな話である。


「前に、自分の家の中に馬がすみこみ、馬と細君が話をしはじめる、という小説を書いた」と、いう限りなく小島信夫に近い主人公夏村一郎が、春、秋、冬、と、それぞれ四季を表す漢字を持つ人々と交流する、筋があってないような話だ。


この作品の中で主人公が「おどろく」、というところは実はちっともおどろきでもなんでもなんでも、へんてこりんでもない。


「その家に人が住んでいるということそのことに興味があるのだ。空間をしきって、そこを自分たちだけの居場所として、一つの共同生活が行われているということが面白い。/僕はそうしていつも家に人が住んでいるといることにちょっとおどろく。そのオトナシイ生活ぶりにおどろく」


飛行機にでも乗って下界を見れば、ミニチュアとなった建物のひとつひとつに人の住んでいることに誰だっておどろきを感じることだろう。


ただ次に引用するところは相当にへんてこりんだし、理解できないところだ。


「夏村が気になることはその高名作家江頭兵衛氏が今仕事をしているか、それともうたたねをしているか、それとも、その細君が茶を運んでくると子供の将来についてニコヤカに話しあっているか、それとも仏文学者でもある江頭氏は外国の小説を読みながら、これは日本の小説に使えるか、しかし早まってはいけない、やはり古典的方法をとった方が無地である、と考えているか、といったことである」


ちと、妄執くさいが、まあここまでは個人への関心として理解できないこともない。しかし、続く次の段落は理解を超えている。


「それだけではない。果してほんとうに江頭氏の細君は夫に満足し、江頭氏は満足しきっているかどうかといったことである」


付け足しておけば、主人公夏村は過去に数度江頭の講義を受けたことがあるだけで、知己を得ているわけでなく、いわんやその細君と何かしらの関係があるわけでもないのだ。ほとんどまったく関係ないにも関わらず、夫婦が互いに満足しあっているかを気にしているのである。常人の理解を超えていると言わねばなるまい。


「抱擁家族」を代表作とする小島信夫は、家というものに特別の関心を寄せていると言われるが、おそらく妄執の源泉はより深いところにある。小島信夫は近代家族制というもの、あっけらかんに言ってしまえば男がある女を独占的に所有し、女がある男を独占的に所有し、それが故に独占の禁を破るという事態も生じるという人工的な仕組みに、ロマンスではなく、純粋に不思議を見ているのではないかと思う。何故こんな仕組みがあるのか?


だから次に引用するようにいちいち立ち止まるのだ。


「夏村は玄関から家の中へ入っていった。そうするといつものように、そこが一つの行きどまりであることに何か許しがたいものを感じた。当然であることに許しがたいと感じることが、夏村を苛立たせ、そうして小説家であるので、これは小説になる、と思った。それからその原因のまた原因は、春山のように自分が冬木アヤ子という女性と冒険をしていない、ということで、それは自分が細君に縛られているショウコである、と思った」


ここだけ読めば、一見冬木アヤ子なる女性と不倫したがっているかのように(ロマンスに)も読めるが、作品全体を読めばそうではない。それならば、主人公の思考はとても単純で、理解できる。しかし、そうではなくって、主人公夏村が許しがたいと感じるのは、ロマンスの有無ではなく、互いに所有しあう近代家族制に対してなのである。


なぜこの制度に妄執するのかは分からない。おそらくもはや生来的なもの、近代人の抑圧されたものが彼=夏村=小島信夫だけに回帰してしまっているとしか推測できない。だから私たちにはへんてこりんで理解できないように見えるし、「それと同時に」、無視もできない不気味さを抱くのだ。


※その他の小島信夫作品の感想

「抱擁家族」


靴の話/眼 小島信夫家族小説集 (講談社文芸文庫)
靴の話/眼 小島信夫家族小説集 (講談社文芸文庫) 小島 信夫

講談社 2015-01-10
売り上げランキング : 316276


Amazonで詳しく見る
by G-Tools