第十八どんとこい 「タイムアウト」 | ナメル読書

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「タイムアウト」(D・イーリイ、白須清美訳、河出文庫『タイムアウト』所収)


こんにちは てらこやです


今回はとにかく好きな作品を紹介しようということで、D・イーリイ「タイムアウト」です。


前回も触れましたが、ミステリには「狂人の論理」という用語があります。これは狂人内部においてはその秩序が保たれているものの、他者とは容易に相入れない論理性のことを言います。それは論理としては精密にすぎるぐらいのことがあります。しかし、その論理の機能する場があまりに狭く、またその向かう目的が偏狭にすぎるため、常識とされる一般の論理性からは、異質なものと見なされます。


通常では、「狂人の論理」は他者と対立し、また世界とも対立することになっています。しかし、小栗虫太郎に代表されるミステリの一部においてはこうした構図が崩壊します。つまり、「狂人の論理」こそが小説内の登場人物の間で自明のものとなり、世界をも支配します。ここにおいて、狂人でないのは読み手だけになってしまうのです。


ミステリにおける「狂人の論理」とは、SFにおける「パラノイア」と近似のものだと思います。F・K・ディックの小説群が最も端的な例になりますが、ある登場人物の妄想めいた疑惑が、見せかけの秩序にひびを入れ、また別の世界の姿を明らかにする、という筋のものが多いです。陰謀論を積極的に小説にとりいれたものですね。


「狂人の論理」に支配されたミステリ。パラノイックな疑惑が肯定されるSF。どちらもてらこやは好きなのですね。なぜでしょう。それは、一般に信じられる論理秩序の偶有性が明らかとなり、読み手の世界認識に揺らぎを与えるから、ではありません。むしろ逆であるように思います。それらは非常に安定しているからこそ、読み手は楽しむことができるのです。「狂人の論理」であってもとにかくそこには論理があり、パラノイックに見えたとしてもそこにはまた別の、真なる世界があります。読み手である私たちは、それら見慣れぬ、けれども確固たる基盤の上にどんな突拍子もないものが建造されるのか、それを眺めていればいいのです。


今回の「タイムアウト」は「狂人の論理」や「パラノイア」の系譜における傑作です。この作品では、実際にイギリスが建造されます。


イギリス史を専攻するアメリカ人の歴史学者ガルは、英国に憧れますが、渡ったことがありません。それは第二次世界大戦のためでもあり、また戦後の北極圏での原子力事故による国際間での貿易と渡航の一時凍結のためでもあります。そんなガルにチャンスが訪れます。アメリカ政府の調査団の一員として、イギリスに渡ることになったのです。


空の上からはじめて目にする実際のイギリス。しかし、そこにはただ広い茶色の大地が広がるばかりで……という話です。物語の序盤で明らかにされるので書きますが、北極圏で起こったとされる原子力事故(ミサイル爆発)は実際にはイギリスで起こっており、すでに英国は滅んでいたのです。世界的な混乱を懸念したアメリカとソ連は手を結び、イギリスの滅亡を無かったことにし、英国自体を再建造し、その歴史の連続性を保つという途方もない計画(不死鳥計画)を立ち上げます。


どう考えても突拍子もない、というよりは陰謀そのものの不死鳥計画が、ロジカルに肯定され、実行されていく過程もおもしろいですし、歴史学者としてそれに対抗するが、その対抗すらもロジカルに計画に取り込まれてしまうガルの生涯が──そしてその最後の姿が──非常に印象的な作品です。


タイムアウト (河出文庫)
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