携帯のメールってずっと好きじゃなかった。
打ちにくいし、保存しにくい。
今の中学生や高校生を見ていると、
携帯電話が生活の主役になっているように見えることがあって、
でも自分の携帯には、
「お前は主役やないからな!」と言い聞かせていた。
メールの着信音が鳴っても、
電話の呼び出し音がなっても、
「はいはい~♪」
という感じではなく、
「わかった わかった。ちょっと待っとけ」
という程度だった。
携帯を忘れて職場に来たことも何度かあったけど、
そりゃ、多少は落ち着かなかったけど
だからと言ってなんともなかった。
携帯ごときに
「オレがいなきゃ困るだろっ♪」
なんて言われているかと思うと、
家に帰るときにわざと車の中に忘れて帰ってやった。
ある時期、一生懸命に恋愛をしていた時。
パソコンを使ってメールやチャットを一生懸命やっていた。
バーチャルな世界に入り込んで、
文字を介して見える、お互いの別の人格を知ったり、
普段は影を潜める相手の感情に気付いたり、
そんな手探りな感じに魅了されていたように思う。
その頃の僕にとってパソコンは生活の主役だった。
ピィーガガガガッッ
と始まるモデムの音が入口で
じゃあね、おやすみ♪
で電源を落したら元の世界に戻るのだ。
PCのフォルダにたまっていく
画像や音楽、本の資料や映画のネタ。
その頃はお金が無かったこともあるけれど、
そんなのがとても楽しかった。
そして、そのやりとりの延長で
指輪やマフラーなどのアクセサリーが少しずつ増えてくる。
大切にしたい世界が、リアルとバーチャルを行き来する。
今、ブロードバンドが普及して、ソフトもいろいろと開発が進み
動画が普通にやり取りできるようになっている。
WIFIなんて言葉を小学生が言っている。
端末自体も手軽に手に入る。
パソコンもフリーズしにくくなったなぁと思う。
ちょっと前まで、フリーズをどう乗り切るか?が
パソコンを使う仕事のテクニックの
大きな部分を占めていた。
「Crrl+s」を3分に一度。そんな感じだった。
パソコンはもっともっと使いやすくならないといけないと思ってた。
テレビなんかと同じように、スイッチを入れたら
誰でも同じように使えるように。
今は携帯電話がそんな感じにありつつある。
パソコンを持つこと自体も大したことではなくなりつつある。
携帯で扱える容量も増えた。長文のメールも読めるから、
パソコンに送られてくるメールのうち、
仕事のアドレスは携帯にも転送している。
その携帯でオフィスの文書やPDFも閲覧できるようになった。
スケジュールも同期が取れるから電子手帳代わりに使える。
スケジュールの管理については随分苦労した。
バイザーやザウルスなどのPDAも随分考えたし、
会社のグループウェアとの同期もやりかたを随分と考えた。
結局、今もペーパーの手帳を使いこなすのが
一番いいという結論にたどり着き、
そのこともあって、僕は今も手書きの手紙を結構送っている。
最近、僕は携帯のメールが気に入りつつある。
僕が思っている以上にみんな携帯メールを使いこなしている。
こんな打ちにくいのに、たくさんの文章を送ってもらえるのは嬉しい。
絵文字を駆使して、つたない文に表情をつけたり、
らしくないことをメールで送ってきたりするのが面白い。
嬉しいメールをもらえるとそれを持ち歩けるのがいい。
人間関係を築くのに大きな役割を果たす
コミュニケーションツールになっている。
最近、携帯のことを見直している。
それでも、コイツが主役になることはない。