諸国が東西に分かれて激突した”レゴブルク会戦”。
会戦6日目にして遂に西軍はその兵力で東軍を上回り、続々と到着する援軍を見て陣中には早くも勝利への期待感が高まっていた。
西軍を率いるリチャード王は全軍の士気を更に高めるため、翌日、陣中にて即位式を執り行った。
〜西軍本陣〜
「我らが西の王。アンダル人及び最初の人々の王、七王国の君主にして王土の守護者。アダムの子の統べるナルニアの王にして、太陽の国コロナ王国の正当なる王。リチャード王陛下、万歳!」
「リチャード王陛下、万歳!」
「我らが西の王!」
「英雄王、万歳!」
英雄王リチャードの即位式に湧く西軍は、溢れんばかりの戦意を東軍に叩きつけるべく行動を開始した。
先鋒を務めるのは”老蛇”ベルモント=グラフトン率いるクリミア公国軍。
“老蛇”は神聖クランアルカディア王国をはじめとする諸国を味方につけた功により西軍の副将に抜擢されていたが、意外にも従属する北方部族民の他は実戦に参加させていなかった。だが西軍優位の戦況に勝利を確信し、温存していた麾下の精兵を率いて打って出たのだった。
続いて西方の”自由の国”からの援軍が前進を開始した。
騎兵と重装歩兵、弓兵から成るこの軍勢は東軍にとどめを刺すは我らなり、と士気旺盛であった。
ネビロス大将軍率いる魔王軍もまた、リチャード王に与した。
本来西軍方の神聖クランアルカディア王国に敵対する魔王軍だが、クランアルカディアの女傑セラフィーナの巧みな交渉により一時和睦し、”レゴブルク会戦”に介入してきたのだった。尤も背景には東方の土地や財への欲望、また”四天王”の一人ネビロス大将軍の思惑が複雑に絡み合い、先に参戦したヴァンスタインの魔王軍同様、必ずしもリチャード王の利益のために戦うとは言い切れなかった。
これらの軍勢を先頭にして猛攻をかける西軍。
数の利を存分に活用して優位に戦闘を進めていた彼らはだが、夕刻になり驚愕の光景を目の当たりにすることとなった。
マルコス将軍の要請により、クルセイダー騎士団が重い腰を上げて東軍救援に駆けつけたのだった。
大陸最古の国とも言われるクルセイダー騎士団。その軍勢は大兵力であることはもちろん、装備も優れており、大陸でも有数の実力を有すると言われている。
またセレノスの友邦アルダスト王国からは国王エディウス自ら駆けつけた。

“赤王子”の異名で知られるエディウスはセレノス国王アムリアスの娘アデライードの夫でもある。王位を継承して日が浅く、国内を掌握しきれていなかったために出陣準備に手こずっていたが、舅の窮地を救うべく、股肱の臣ジェルトリックを筆頭とする直卒の精兵のみを引き連れて参陣したのだった。
さらに故国の危機を見て、ブラックナイト領の農民たちも立ち上がった。
中には農具を手に参戦する者もいたが戦場経験のある古参兵も含まれており、旺盛な士気で参戦したのだった。
またヘラクレス王は農民たちに武器を支給して軍を増強し、東軍に加勢した。
これら新手の出現により再び劣勢に追い込まれる西軍。
更に折り悪く、軍の一翼を担うバルトハイム帝国軍が一時的に戦場を離脱するという事態が発生した。
到着の遅れていたマルモン王国が盟約を反故にし、東軍に寝返る動きを見せたからである。
バルトハイム帝国軍を率いるアルフレートは兵力を割いてでもマルモン王国討伐を優先することを決断した。
討伐軍の指揮は第二軍の将ゼクトバッハに委ねられ、マルモン王国のルクレール城攻略目指して直ちに出陣した。
ゼクトバッハ出陣の時点ではクルセイダー騎士団参戦の報は届いておらず、東軍に対して優位に戦を進められていたこともこの決断を後押しした。
アルフレートのこの独断はクルセイダー騎士団の出現と相まって西軍不利に働き、リチャード王を激怒させた。この遺恨が、後の”マルス独立戦争”においてリチャード王がマルスのアーサー王に加担する発端となったともされている。
一方その頃、峠の戦もまた新たな展開を見せていた。
タイポ王は重い腰を上げ、タイポ2世率いる軍を進めて峠を一気に突破せんと図った。
しかし砦に籠る反タイポ連合軍の激しい抵抗により、その日は撤退を余儀なくされた。
後にはタイポ兵の遺骸が残され、略奪をほしいままとされた。
またこの日、東軍に与するレゴニダス王への援軍を率いてきた将が数日前に謎の敵に討たれたとの報がもたらされた。
戦はいよいよ混沌とし、一週間が過ぎても決着はつかなかった…。
〜とある寺院〜
極東の浪人、伊武六右衛門はこの日も”レゴブルク会戦”の様子を遠くから眺めていた。
彼の残した記録は、”レゴブルク会戦”に関する一級の史料として後世、高く評価されることとなった。