原稿を書く上で重要なのが選手のコメント文、いわゆる、「」(かぎかっこ)ってやつ。

 

 「」というものは原稿ではポイントで、どんなことを喋ったのかという内容はもちろんのこと、どのタイミングで使い、使う前の導く言葉、「」を入れた後の受ける言葉も大事になってくる。

 

 いろんな書き手の人たちがどういう使い方をしているのかなぁというのは、非常に勉強になるし、また、原稿の書き出しについても、個性が出るところなので注目してみている。

 

 最近、ネットの記事などを見ていて増えたなと思うのが「」で始まるもの。

 1、2年くらい前に「かっこ悪い」といわれたことがあって、「」始まりは、あまりしないように心がけているけど、やっぱり長年の癖なのか使ってしまうときがある。

 

 僕は最初から「」を使うことについて、かっこ悪いとは思わないけど、いきなりインパクトを与えられるから楽なのかなと思う。読者をひきつける技術の一つでもあるんだけど、でも、裏を返せば、いいコメントに頼っているという見方もできなくもない。

 

 編集者にいわれた指摘だから、なるべく守ろうとしているけど、地の文を始めた場合にも問題点が生じる。

 

 「」を使うまでに原稿の波をつくれるかどうか。本題に入っていくまでの距離感をつくりすぎてはいけないのだ。

 

 本当に本当に本当に本当に文章が上手い人は、「」なんかなくても、地の文で波をつくることはできるけど、そこまでの技術はもっていない。

 

 僕は昔からこの原稿すごいと思った雑誌の記事は捨てずに置いていて、何かのタイミングに読み返すことにしている。多くが金子達仁さんの原稿だけど、金子さんのは自分で波をつくるのが上手い。時に、1行の文を二つ並べてインパクトを与えてみたりだとか、さすがやなぁって思う。

 

 文章力が上手くなるには書き続けるのが一番という当たり前なことはさておいて、自分が日ごろどんな文章に出あっているかは如実に出るんじゃないかと思う。「本をたくさん読んでいる人の話し方が違うよね」と言われたりするけど、言葉の使い方や論理的思考は日ごろ、どのようなものに触れているかで着ますと思う。

 

 英単語もそうだけど、知らない言葉はつかえないわけで、普段目にしたことがないものが原稿に出てくることはまずないということだろう。

 

 だから、本は多く読むべきなんだけど、小説が多い。

 

 ただ小説の場合は、物語に入りすぎて、文章とか語彙とかに構っている暇がなかったりする。

 感動したいだけで終わってしまうときがある。今がまさにそうだけど。

 

 と、よくわからないことを書き連ねてきたけれども、今は、自分を見直す時期でもあるので、こんなブログを書きたくなってしまったという感じ。

 

 僕の原稿を読んだときは、ぜひ、内容とともに、「」の使い方、前後に何を入れているか、原稿の始め方など、厳しい目で見てもらえたらなぁと思う。 

 

 

 音楽家の小室哲哉さんの騒動・引退を巡る問題で、テレビだけでなく、SNSなどでも大きな波紋を呼んでいるようだ。

 小室さんの不倫疑惑を報じた週刊文春が叩かれ、著名人がツイートまでしている。日本のジャーナリズムはいったいどこに行くのだろうとその一員として不安は募るばかりだ。

 

 この騒動は個人のプライバシーと表現の自由との狭間でジャーナリズムの在り方が問われているのだと思うが、ところで、このニュースを知っているだろうか。

 

 ネットドラマ「チェイス」盗作騒動の行方 設定やセリフが酷似…新潮社が配信中止を申し入れ

 

 Amazonプライムビデオで視聴可能なドラマ「チェイス」が、あるジャーナリストが書き下ろしたノンフィクション書籍と酷似しており、著者や書籍の発売元の許可をとっていないということである。

 

 その書籍を数年前に僕は読んでいたので、今回のニュースが流れた後に、第6話までを見させてもらった。

 

 似ているというなんてレベルじゃない。

 書籍を読んだのが数年前ですべてを覚えているわけではないから、ほとんどそのままかと思うほどだった。

 

 この書籍は、北関東で起きた連続幼女殺害事件について、著者でジャーナリストの清水潔さんが真実を追いかけ、冤罪事件を暴いたものだ。警察発表を鵜呑みにするのではなく、執念の取材で真実にたどり着き、問題を追及した。ジャーナリストの信念がこの書籍からは伝わってくる。

 

 取材の深さ、ジャーナリストしての視点・信念、文章構成、すべてにおいて衝撃を受けた作品だった。

 

 清水さんは「チェイス」が配信された後、ご自身のTwitterにおいて、このドラマに関知していないことをツイートしている。

 被害者遺族の心情を配慮してきたとのことで、そうした姿勢にも清水さんのジャーナリストとしての深い愛情を感じることができる。

 

 ドラマを制作した会社は作品を参考にしたことは否定しているようだが、過去の事件を参考にしたにしても、あまりに似ているところが多すぎる。

 

 ここで忘れてはいけないのは、清水さんが被害者遺族の心情を配慮して慎重に(ドラマ化など)進めてきたことと、ジャーナリストの信念が、いとも簡単に利用されてしまったという事実だ。

 

 僕は清水さんと直接面識があるわけではなく、書籍などからでしか判断することはできないけど、書籍を読ませてもらって感じるのは、作品を作るためではなく、どんな困難にも真実を追求しつづけていこうという姿勢だ。

 

 ドラマを作るのに、ジャーナリストの姿勢まで盗むということが、あってよいことなのか。

 

 小さい話だけれど、我々の仕事でも盗作と感じるときはある。

 ネットメディアが主流になって、取材に行かなくても情報だけ集めて記事にするという書き手が増えきて、現場でしか知り得ない情報が無署名記事で書かれていたりする。企画や書き手の視点までは真似しないだろうと思っても、簡単に利用される時代になった。完全なPV主義で、僕らのように足で稼ぐ人は減ったものだ。

 

 でも、ジャーナリストの信念や姿勢までまねできないだろう、、、という想いはどこかにあった。

 

 しかし、今回の問題はそうじゃない。

 

 ドラマを制作した会社が否定しているようなので、「チェイス」は盗作と決めつけることはできない。

 ただ、世の中の報道機関に正義があるなら、この件は追及すべきなのではないだろうか。

 

 冒頭に書いたように、いまの世間が注目しているのは小室哲哉さんの件だ。

 人のプライベートを暴くな、文春は最低などと騒いでいるけど、もっとジャーナリズムの根幹を揺るがす問題が起きている。

 

 結局、文春のスキャンダラス報道にとらわれている人たちの目線は、そこにあるのだろうと思う。

 文春を批判しているけど、世の中で起きている本当に大事しなければいけないことより、そういう世界の中にいたいのだ。

 

 ジャーナリストがどんな逆境にも屈せずに、執念の取材を続けて、免罪事件を暴いた。

 その書籍が盗作されているかもしれないドラマが配信されているのだ。

 

 この問題に目を向けない、日本にジャーナリズムはあるのか。

 

 (平和ボケなんじゃない?)。

 

  

 

 

 年が明けて日が経つのに、今年初投稿。

 申し訳ない。

 

 さて、この時期の僕の仕事はというと、センバツに向けた出場校の取材であったり、オフ期だからこそ書ける深い原稿であったり、野球教室、自主トレなどの取材に奔走している。

 

 そんななか、DeNAの筒香選手がまた熱いメッセージを語ったそう。

 

 去年も、筒香選手は出身チーム「堺ビッグボーイズ」の小学生の部スーパーバイザー就任の際に熱い想いを語ったのだが、ことしは、去年とは違う形で、話したとか。

 

 僕は今回、取材にはいかなかったので、WEBで配信された記事などを読ませてもらったのだけど、いくつか気になったことがあった。

 

 そのうちの一つの記事では 「現役の選手がこういう発信をするのは問題では?」という質問が飛んだということについてだ。

 僕はむしろ逆なんじゃないかと思う。現役の選手が発信することに意味があるのではないか。


 先日、サッカー界では日本代表の長友選手が高校サッカー選手権大会の日程に意見していた。正しい、正しくないではなく、それ相応の経験をしている人が業界のために語ることは意義のあることだと思う。気づけていない事があるかもしれないから。

 

  松坂大輔の野球人生は成功か。恩師と考える、球児の早熟化

 

  年末に、オリックスの吉田正尚選手が、地元のチームに帰って、野球人口の少なさに愕然としたというツイートをしていた。他にも、ジュニア世代のために個人的な活動を出身の東北で行っている西武の菊池雄星選手など、現役選手だからこその行動・発言は非常に伝わると思う。

 

 そして、もうひとつ。

 筒香選手の記事の多くには足並みを揃えるかのように『正論』という言葉が使われていた。

 シーズン中から取材していると分かるけど、筒香選手はいつも『正論』を発信している。野球界のためにという観点で発言しているのだけど、実際、シーズン中は多くのメディアはそこに耳を傾けていない。例えば、ラミレス監督の指揮官としての姿勢について語る言葉なんかそう。「こんな監督にであったことがない」と、ラミレス監督の見守る姿勢についてよくいっている。

 そこで感じるのは、今回報じた人たちは本当に『正論』と思っているのだろうか。

 筒香選手は、熱いメッセージを去年も発していた。もし、本当に筒香のメッセージを「正論」だと思っているのなら、彼がいう「正論」と真逆なことに直面したとき、『それはおかしい』と書くべきでだろう。昨年のセンバツで190球以上を投げた選手が何人もいた。2016年の甲子園優勝投手はプロ入りから肩を痛めて調子が上がらない。筒香選手が発言している「正論」とは、こういう身近に起きていることについてのことなのだ。

 

 1月だけ、筒香選手の味方になったふりをしているようにしか見えない。

 もし、今回の彼のメッセージを「正論」を本当におもっているのなら、今後も発信を続けるべきではないだろうか。

 

  NewsPicks の連載「甲子園を問う」 

  松坂大輔の野球人生は成功か。恩師と考える、球児の早熟化 

 

  Number Web 「野球善哉」

  成功率100%で盗塁王獲得は可能か? ロッテ荻野貴司が挑む究極の記録