前に働いていたクレイジーなERで仲良くなったラテン系アメリカ人の友達、Rとご飯を食べてきた。月に一度くらい定期的に会う彼女。
この時初めて、彼女がアメリカに来た時の話をしてくれた。
彼女はメキシコの田舎で産まれて、4人姉妹で育ったそう。 家は裕福ではなく、実の父親は彼女が小さい時に新しい奥さんだか彼女と家を出てしまったとのこと。
Rの母親の経済力だけで4人の子供を、育てたらしく貧しく育ったそう。
行ったことある人なら、わかると思うけど南米の田舎って本当に〜、田舎で下手すると水も電気もろくに通ってないような場所がまだたくさんあるのです。 仕事だってろくにない、だからみんな陸続きのアメリカに来たくなるわけですよね。
彼女が10歳の時に、母親にアメリカに行きたいか? と聞かれて、その頃の貧乏生活から脱出したくて「行きたい!!」と即答したそう。 彼女の2歳年下の妹も同じく行きたいと。 残りの姉の2人はティーネージャーだったけどもう既に子供がいて、そんなに冒険を冒してまではアメリカに来る勇気がなかったらしくメキシコに残ったそう。
もう30年近く前の話なので、今よりだいぶ規制も緩かったはず。 彼女は母親とその友達(アメリカ市民)とその友達の娘に連れられ、なにくわぬ顔でメキシコーアメリカ間の国境を越えることに成功したそう。 何でもこの母親の友達の子供(アメリカ市民)が、Rとほぼ同い年で見た目も似ていたから姉妹とゆう設定にしたらしい。
この時、Rの母親には国境に立ってる審査官(?)にもし何か質問されても、
「I don't speak English」 「私たちは姉妹です」とだけ言え。 絶対にそれ以上は口を開くなと言われたそう。 実際は、英語は少し理解できたけど下手に子供だった彼女に何かいろいろ質問されてボロが出たら困るとのことで。
どれだけ緊張したか、今でも覚えてると言っていた。 怖くて怖くて、目が合わせられなかったと。
妹さんは後から、追ってきたらしいけど彼女の国境越えは壮絶だったらしい。 彼女のように簡単に国境を歩いて通過、とゆうわけにいかずもっと厳しくなってた妹の場合は雲泥の差だったと。 あまり詳しくは突っ込まなかったけど、なんでも川を渡って途中でレイプされそうになったか、されたか。 何十年も経った今でも、妹は一切その時の話をしたがらないらしい。
そのくらい命かけて、アメリカに渡ってきたと。
あれから30年近く経って、最初はもちろん不法滞在ではあったけど、そのあとは学校にも通いたくさん勉強した彼女は大学も卒業して今ではアメリカ人としてアメリカで「普通の暮らし」をしている。
メキシコに残った姉妹たちは、そんな彼女たちを羨ましがるそう。 未だに、そっちの姉妹たちはものすごく安月給で働いていて貧相な暮らしをしてるとか。 だから、誕生日などにはRがメキシコにいる姉妹にお金を送ってあげるらしい。
でもRは言ってた。
「私はまだ自分が子供だった頃に、自分の命と引き換えにアメリカに渡ってきた。たくさん努力して、人一倍勉強してやっとここまでこれた」
「メキシコに残った姉妹たちは、そうゆう人生を自分から選択した。 だから、最低限は助けるつもりだけど、そこまで手取り足取りやってあげるつもりはない」と。
なるほどね〜。 言葉に重みがあるわ。。。
安全でモノにあふれている豊かな日本で生まれ育った私からすると、映画のストーリーでも聞いてるかのような気分だった。
まず、子供の頃に命をかけた選択を選ばされるって、日本人だったらまずありえないでしょう?
改めて、自分は平和な国で育ったんだなぁと実感。 確かに、そんな貧しい国で、希望も未来もないような生活をしていたら私も絶対に同じ選択をしたと言い切れる。
Rのハングリー精神は、そこからきているのか〜と妙に納得。
そうやって自国からアメリカに不法侵入した人の中には、彼女のように普通の暮らしを手に入れて、真面目に暮らしてる人もいるけれどその逆で、ドラッグを密輸したり、犯罪を犯す人が多いのも事実。
なんだか、いろいろ考えさせられたRとの再会だった。
こうゆう色んな話しが聞けるのは、本当に興味深いので日本人以外の友達も本当に貴重![]()
ブランチにエッグベネディクトをオーダー![]()
何気に初めて食べたけど美味しかった![]()
お茶して解散〜。

