今年から輪番なのだけど、グループの代表として会議に参加している。


これまで代表と名のつくものはあまりしてこなかったのと

この会議が結構肩に力が入るものなので、

ちょっと不安な気持ちからスタートした。


実は私、会議などできちんと発言するのが苦手。

内輪でわいわいと出し合い話的におしゃべりするのはいいけど

きちんと話すのはちょっと、、、って感じ。



振り返ってみると

仕事の上でこれまでは周囲に甘えてきたのかもなぁ、と思う。


ぼーっとしていたというか、

仕事の上で成長したいって言う気持ちはあんまりなかった。


正直、面倒くさい仕事からは逃げていたように思う。


今年は逃げられない、っていうところもあるけど、

逃げないようにしっかりと仕事に向かい合っていこうと決めた。


そして、以前の私では考えられないことだけど

仕事の上で成長しよう、って決めた。



話は戻るが、

最初に書いた会議の第一回目が先月行われた。

グループの意見を集約したものをもって臨んだのだけど

他のグループの人にコテンパンに攻撃された。


私個人が攻撃されたわけでもないのに

とーーーっぷり落ち込んだ私。


苦しくて、悲しくて、

会議の雰囲気が怖くて、


甘ったれているようだが、

会議後に

誰かに「よしよし」してもらいたいような気にもなった。


そして昨日、第二回目の会議。

相変わらず、私のグループが持っていった結論は

会議の主催者が望むものとは違っていたのだけど、


前よりよくできたと思う。


相変わらず発言は洗練された言い方ではなかったけど、

前よりきっぱりと、言えた。


何より、会議の後に苦しく、悲しくなかった。

この調子でマイペースで少しずつ積み上げていく。











1月10日の日記に

ただただ、幸せになることを選択する、と宣言したが


気づかないうちにまたもや、目先の問題にとらわれている私がいた。


今日、そのことに気づいてはっとした。


幸せになるのは、全てがクリアになってから、ではない。



幸せは、目の前の問題をクリアにしようともがきつつも

手に入れることができる。



前に書いたことと繰り返しになるが、

つべこべ言わずに幸せを選択する。


いまこの瞬間から幸せになれる。

幸せになっている。




昨日、久しぶりに本当に腹が立つことがあった。



で、ものすごく怒っていた。


怒っているときの私は本当にこわいと思う。


っていうのは自分の感覚なのだけど、

それくらい、何だか気分が悪く、居心地も悪かった。


よーく考えてみると


その原因は

自分が播いた種から生まれた感情のようだった。


自業自得。


自分から発した悪意は

ブーメランのように自分に戻ってくる。



あぁ、またやってしまった、

って思った。


それでもまだ、

湧いてきた怒りに身を任せ

自分が原因であることから目をそらそうとする自分もいる。


いやだ。

いつまでもここにいるのはいやだ。


じゃぁどうする?


まずは

①起きてしまったことに対して自分のせいであることをきっぱりと認めること。


②今後はこんなことを二度としないことを決めること。


そして、

③また同じような状況ができたとき、今度はどのようにするのかを考えること。


①②に関してはクリア。


③に関しては、いやな感情が湧いてきたとき、しっかり対処することかな。

もっともっと向かい合う、というか、


そのときはきっと自己嫌悪の状態になっているので

その自分をしっかり受け止めようと思う。


「こんな怒りんぼうの私なんて誰にも愛されない」

とか、

「このまま誰にも受け容れられなくってこれからもずーっと一人かも」

とかっていう不安がいっぱいで

わんわん泣きたいのに意地を張っている自分に


少しずつそーっと近づいて

優しく優しく抱きしめる。


何度も何度もゆっくりと

柔らかく愛をこめて背中をさすってあげる。



そんなイメージ。


書いていて思ったけど、

意地を張っている自分って何だか子供じみていて

バカだなぁというか、

人間くさいなぁと思った。


よし。

この瞬間から切り替わった。


ありがとう、私の感情。









先ほど書いた、映画「八日目の蝉」の最後に流れる主題歌は

中島美嘉の「Dear」。





彼女のせつなげな声が映画で感じた思いと混じりあって

先ほどPVを見ていたら、再び感動がよみがえりました。



思いつきのように、「八日目の蝉」を見てきた。



不倫相手の子どもを誘拐し、4年間育てた女性。

子どもを狂おしいくらいに探し続けた母親。

実母の元に戻ったが、ソリがあわず、違和感を感じ続けて大きくなり、

今度は不倫相手の子を産もうとしている娘。


まさに「女の業」がテーマの、生々しい作品だった。


誘拐犯を演じた永作博美の演技が各紙で絶賛されていて

希和子という女性のひたむきさやせつなさ、ピュアさが

道徳的には決して正当化できないものであったとしても

その心情を思うとき、涙が出てきた。




ちょっと前の私なら

彼女の行為を道徳的に正面から断罪し、

生理的な悪寒が走り、全く受けつけられなかったか、

あるいは、

フィクションだから、と自分と切り離したところで理解したかも、

と思った。


お正月に見た「玄牝」といい、この映画といい、

「女性」とか「女性性」をテーマにしたものにふれることが多くなった

今日この頃。


先日も母との関係において、気づきがあったところ。


じっくり向かい合っていきます。