13日のイベント(11月13日ブログをご参照下さい)での

K君のKYな振る舞いについて、今日

K君を呼んで話をしました。

呼ぶ前からK君は緊張した様子。

具体的な発言を挙げて諭すように話したら、

「僕ね、何とかしないといけないと思ってるんですけど、

いつも、気がついたらその時のノリだけで

調子よくパーっと、あることないことを話してしまって、

後でいつも頭を抱えることになるんですよね」

と言いました。



何だかそれを話す彼の顔を見ていると、

K君はこれまで同じようなことを繰り返してきて

そのたび叱られたり、あきれられたり、心理的に距離をとられたりして

傷ついてきたのかもなぁ、と思いました。

だからといって、やってしまったことが許されるわけではないのですが、

K君があの時、あそこまでハイになって話した、ということは

それまで何らかの満たされない思いをためこんでいたのかもしれません。

あるいは、彼のよさを表現できる場所が

彼の周りには少ないのかもしれません。

K君はもしかして、ありのままの自分でいてはいけない、と、

自分にいつもストップをかけているのかもしれません。



私も強くそう感じていた時期があったし、

今でも多少はそういうところがあるので、

何となく彼を責める気にはなれませんでした。

今回の一件で、私もK君と似たところがあるなぁ、と思っていたら、

これまでそんな私を裁くことなく、

温かく見守ってくれていた人たちがいてくれたんだなぁ、

と、今更ながら思いました。

そして、どんな目でそんな私を見てくれていたんだろうと思ったら

涙が出そうになり、同時に感謝の気持ちが湧いてきました。

自分が、自分のままでいいんだ、と心から思い、

自分を自然に表現していけるよう、

自分では何ができるかな、と、思いました。



そして、自分をそうやって表現しつつ

周りの人たちにも同じように関わっていけたら、と思います。

いえ、自分を自然に表現しつつ、

周りの人たちにも関わっていきます。