Simply Green-なびく鯉のぼり


前回は、怒りむかっを感じ、それが外に出て

自己嫌悪をたくさん感じてしまったむっとき、

後でそれをどうしたのか、ということについて書きました。


あの時感じた自己嫌悪は思い出すだけでも本当に苦しくて、

もう二度と感じたくないと汗心底から思いました。


ということで、

怒りの原因を考えてみることにしました。


まず、私の中には「ルール」みたいなものがあります。


それは、

「こういうときはこう振舞うべき」みたいなもので、

それによって私は

あるときは自分のワガママをコントロールして

責任を果たすことができるのですが、

その一方で

あるときは本当に欲しいものが「欲しいビックリマーク

と言えなかったりすることもあります。


これを私は人に対しても無意識のうちに要求し、

人よりルールを優先し、裁いてしまうのです。


「この場面ではこうするべきで、この人はそうしたか?」

って。


で、

そのルールに人が相反する言動をとると

その人のことがイヤになってしまい、

自分からその人との関係を断ち切るのです。


具体的には、前回のことのように、

その人を避けたり、本音で話さなかったりします。


そうすると、相手もそれに気づくこととなり、

私と同様な接し方をするようになります。


その結果、私は相手と心理的につながりが切れたことを感じ、

苦しくてたまらなくなるのです。


つまりは

自分に端を発したことの結果を引き受けざるを得なくなり、

勝手に苦しんでいるのだ、ということです。


こうやって書いてみるとアホみたいですが、

このパターンを私は何年も何年も、性懲りもなく

繰り返してきたわけです。


で、

もうあんな苦しいのはごめんだしょぼんというところまで来たので、

どうやったらそのパターンに再びハマらないか、ということも

考えました。


うーん。

人よりルールを優先してしまわないために。。


で、思ったのは、

「ルールを手放す」ってことでした。


ルールっていうのは社会生活を送る上で必要なものだけど、

先に書いたように、

人を縛るものではないのではないか、


ルールが全くいらなくて、

これもOK,あれもOK、何でもOK

っていうことって、実はたくさんあるのではないか、と。


考えてみたら私は、

「これって正しいのかなぁ」

というのが行動の基準にしっかりあるような気もしています。


それを「どれでも大丈夫なんじゃないの」

って思えるようになったらとっても楽になるし、

何より自由馬になれる気がします。


で、

自分にOKが出れば、人の言動に対しても、

正しい / 間違っている という視点ではなく、

「何でもありなんだよね。」

とあるがままを受け容れることができるように

なるんじゃないかと思いました。


日々、さまざまなことに遭遇するたび、

「ルールを手放す」の視点で対処してみようと思っています。


もうあんなに苦しいのはごめんだもんね。


自由になりますロケット