今日、ちょっと気分転換に(現実逃避)
ブログでも書こうかなー‥と思っていたトコに
『白雪姫プロジェクト』という
何とも素敵なサイトにめぐり合いました。
【サイトより引用】
病気や事故のために、意識が無く、回復の見込みが少ない
と思われてきた「植物状態」と言われる人たちが
世界に何十万人もいるといわれています。
その方たちは、これまで、ベッドで長い間
寝たままの生活を送ってこられました。
けれど、意識を取り戻し、食べる、思いを伝えるなどの
生活行動を取り戻すための方法があることがわかってきました。
白雪姫プロジェクトは、回復の方法や、それにつながる
意思伝達の方法、口から食事をとること、リハビリの方法、
介護の方法などの情報を集め広めるプロジェクトです。
うちは、3歳直前に起こった低酸素脳症で、
[遷延(せんえん)性意識障がい] が
最も当てはまるんじゃないか?という病状でした。
白雪姫プロジェクトは主として
遷延性意識障がい者(児)のためのサイトかもしれませんが、
色々なケア等、役立てる情報がいっぱいだと思うので
良かったら参考にして頂きたいです。
ちなみに、うちは 『口から食べるコト』 で
広がる可能性みたいなものを痛感したので、
もし可能な状況であれば、食べるのを諦めないで欲しいです。
(決して無理はいけません!
間違いなく医療関係者には反対されますw)
うちは、3歳直前の低酸素脳症で
ほとんどの機能を失いました。
元々の発達遅延でしたが、よく笑い、
お風呂あがりのパピコを
自分で持って食べるのが大好きで、
転がるミカンを追いかけるのも好きで、
(ミカンが大好きだった)
もうすぐ自力で立てる寸前でした。
それまでてんかん系のクスリは
一切必要としなかったのが、原因不明の発作が止まらず、
1分以上呼吸を止める発作を1日に何度も繰り返し、
脳にかなりダメージを受けました。
もう、訳が分かりません。
目が覚めたら、きっとまた笑って
元気に退院できると信じていたのに、
目の焦点は合わず、明らかに以前とは違ったムスコ。
数日前に美容院デビューをし、
一緒に写真を撮ってもらったり、
打ち上げ花火の音が怖くて大泣きしたり、
おにぎりを持って、口のまわりに
いっぱいご飯つぶをつけた写真が最後。
(夏が来ると思い出すー‥Xデーは8月8日)
ムスコから笑顔は消え、
辛くて、信じられなくて、
1年以上アルバムを開くコトができませんでした。
入院途中の買い出しに、イオンに行くも、
楽しそうにベビーカーに乗るムスコと
一緒に歩いたコトを思い出し
病院で泣くのを耐えている反動で、
泣きながらイオンを歩きました。
当時ワタシは28歳。
人生で1番深い、絶望の底。
あ、ウソ。
その後2度も同等レベルの絶望を経験するね(笑)
(妊娠5ヶ月での別居と、気管切開)
何を話かけても反応しない。笑わない。
手をにぎり返す力もない。
お母さんって、分かるのかな‥
そんな中でも『ヨーグルト』には
口を動かして反応した。
ヨーグルト = 食べる って覚えてる!!
食事は完全に経管栄養になってたし、
摂食なんて問題外。
でも、このままムスコの記憶から
ヨーグルトを消したくなくて、
駄目なの分かってたけど、
『食べる?』って聞いては反応を確認し、
あげつづけていた。
低酸素脳症になってからは、
発作を止めるのを1番に考えてたから、
眠気の強いクスリを使い続けていて、
通園のありとあらゆる行事は、
寝てることが多かった。
寝ている = 呼吸が浅くなる = 痰が溜まりやすい
というコトに気付かなくて、
(ていうか、誰も教えてくれなくて‥)
肺炎になる度、気管切開の話をされた。
たまたま入院した時に撮ったMRIで
『脳梗塞を起こしたの形跡がある』と初めて聞かされて、
『ふたこと目には気管切開、気管切開って!
こんな重要なこと見過ごして!!
誰がなんと言おうと、絶対に気管切開はしない!!!』
と、ドクターたちと喧嘩して退院したのも
若き日(?)の思い出。
その後は、絶対に肺炎にさせたくないから
毎日朝の注入前、学校から帰宅後、寝る前、と
1日、計5時間くらいは自分の上半身の上にうつ伏せさせ
(本人は抱っこされている感覚だから満足←母は苦しい)
ゴロゴロがなくなるまで肺痰ケアしてた。
もう、完全に意地!(笑)
ヨーグルト食べても、完全にスッキリするまで肺痰。
でも、ヨーグルトは食べちゃうよw(絶対禁止)
前の逃げるように退院した日から、
今までにないほどケアしてたのに、
ムスメの風邪がうつり、
呼吸状態悪化 → 緊急入院 → 即挿管。
さすがに頑張ってケアしてただけあって、
肺炎の症状はなかったんだけど、
これ以上何をどう頑張ればいいのか、
分からなくなった。
で、その入院での主治医が、
まだドクターなりたての頃から面識があったK先生。
あの時の先生が、今じゃこんなに立派になられて‥
って、大学病院に何度も入退院を繰り返して
9年後に再会すると、そんな感じ(笑)
まだ挿管してた時、
『もしかしたら、自発呼吸してる、かもしれん‥』
っていう言葉を、何ひとつ疑わずに信じてくれて
(普通のドクターなら『気のせい』と流すところ)
誰に反対されようが、抜管に向けてどんどん進めてくれて
小さな異常もすぐ判明し、ホンマに
『なんと立派になられて!!』と、
一気に信頼モード(笑)
そんな中、気管切開の話もチラっと出たんだけど、
K先生のお母さんも、気管切開をされていたらしく、
『同じ家族側としての心境を理解してくれる‥』と
あんなに地雷化していた気管切開も、
『した方が、いいのかな‥』という心境に変化した。
でさ? 普通の気管切開と喉頭分離で悩んでる時、
禁断のヨーグルトの話を、正直に話したん(笑)
意外にも大爆笑されて、
『それは脳にとっては凄くいい事や。
食べる事を忘れてしまわずに済んだ!』
って言ってもらえた時は、
ホントに何って言ったらいいやら、報われた。
・°・(ノД`)・°・
表向きは
『食べるコトを目的としない喉頭分離』でしたが、
『食べるための喉頭分離』として、
手術を決断したのです。
(相当辛かったけど‥)
1年間は経過観察として術後大事にして、
家では少しづつ摂食の練習をして、
翌年の10月(小4の秋)に、
入学時には想像もしていなかった
学校給食デビューしました。
今では何より給食が楽しみな小学生です(笑)
参考にしたらダメな部分の方が多いと思いますが、
こういうケースもあります。
ということで書いてみました。
可能性はゼロじゃない!共に頑張りましょう。
心から応援しています。
(『そんなコト呼びかけちゃダメー』という声も聞こえるw)
