果たして、どこの部分に共感しながら観ればよいのか?
と思いながらも、どうしても観たかったし

【絶対に観たいと思いながら上映終了】という
いつものパターンに、なりそうだったのと

『えっ、10:20の回って、早朝割引の範囲なの?』
というコトで、上映20分前にイオンへ走ったわ、私。


ネタバレは、たぶん大丈夫、だと思います。



気合い入れてハンドタオル持参したものの、
結論から言うと、号泣は・・・しなかった。


何だろう・・きっと

『自分の子供と離ればなれになるコトへの苦悩と心情』
泣けたりするのか?と考えてみたけども

泣けたシーンは、子供が自分の姿を
デジカメに残していたのを数か月後に気付いて、
福山父、涙するってとこと、
(あ、これネタバレの範囲??)

川縁を歩きながら(記憶が曖昧)
子供に思いを語りかけてるってところ。


かなり終盤。


『泣ける映画』と聞いてたのに(映画館の壁)
このまま泣かずに映画館を後にするかと思った。


そういえば、身近にこの映画観た人、1人もいなかったわ。


何だかんだで、誰の心境で観たかと言うと
なぜだか『福山父目線』でしたねぇ・・


いやいや、経済状況も、持ってる才能も
全く違いますけどね(劇中の話)


自分におきかえて考えた場合、
『母親』に加え『父親的役割』も必要とされ


・・と言っても

私が勝手に親の義務感を抱いているだけで


戸籍上でも、体面的にも『おかあさん』ではあるけれど、
子供が求めている『おかあさん像』であるのか?ってね。


もう、映画観ながら、ひとり反省会ですよ。

胸が痛いわーー・・
ヒリヒリして泣きそうになるわーー・・って感じ。


例えばさ、『向き不向き』はあるかもしれないけど
ある程度のコトは『努力さえすれば出来るようになるでしょ?』
って、簡単に思ってるところがあるのよね。


まぁそれは、自分が『努力』と感じないレベルに
『好きな事』になってるから
打ち込むコトができてるのだと思うけど、


子供にも『やれば出来るハズだよね?』って言っちゃう。
私の血を引いてるなら出来るよね?みたいな。


やる前からの『できない』は絶対に言わせない。
甘えは許さない、みたいな

・・・はぁーーー反省よ。



結局はさー、6年間福山父の元で育って来た
子供が求めていた『父親像』って、
リリーフランキー父、だったのね。
そうだよなー・・子供だったら、そうだよ。


って、なるべき『父親像』について
真剣に考えてみたり。


たぶん求められてるのは『優しい母親』だと思うが?


んな訳で、巷で囁かれている『考えさせられる映画』とは
私にとって『父親として』考えさせられる結果となり、


劇中の福山並みに『苦悩の顔』
眉間にしわを寄せながら、まっすぐ家に帰りました。


童心にかえって、真剣に『遊びの部分』を楽しまなきゃダメですね。
という感想を残してみます。