先週,義父(ちょっと可愛そうな、言い方でえうね)お父さんが亡くなった。91歳なので大往生なのだが、皆悲しくて、泣き崩れる。わたしだって悲しい。泣いた。でも嫁の立場としては他人からは、悲しくないだろうと思われがちでしょ?
どこの嫁だって、たとえ義父の中でも悲しいし、寂しい。人の人生が永遠に続けばいいと願うのは同じです。
私の父が亡くなったときは、親戚中が集まったので嬉しくてはしゃいでいたら、姉に注意された程、明るいお葬式だった。でも1年間は時々は思い出して涙ぐんだりした。
それにしてもお葬式には考えさせられる。急に来るのでストレスの最高潮のときに判断を下さなくてはいけない事ばかり。なぜって横には、もう息をしていない人間が横たわっている。はやく、はやく、しなくては、どんどん硬直してしまう。
急に戒名のお金を言われても、最高のと、人間の判断はどんどん、エスカレートしてしまう。こんな時、嫁の私が何を言えます?ひたすらお茶碗を洗ったり、お茶を出すしかない。
反省:私の時はこれから、毎年1回、12月に私が死んだときに誰に知らせて欲しいかをリストアップしようと決めた。(12月がいいと思う)毎年、住所変更や、生別のチェックをする。(次が肝心なのだが)昔お付き合いをした、ボーイフレンドにも、ぜひ知らせてほしい。まあ、リストだけでは誰がボーイフレンドなんか、分からないわけだから。お葬式には来なくてもいいけど、青春の思い出を少し蘇えらせたい。
でも私がフラレタ人はリストから除外(冗談、やはり知らせて)。お葬式は質素に市の斎場で。戒名は下から2番目。。。。。。って云うのが今年の気持ち。
お葬式で感じたこと。コロッケがテレビで言っていたこと(コロッケのお母さんが壁に貼っていた言葉)
あおいくま
あ;あせらず
お;怒らず
い;威張らず
く;工夫して
ま;負けないで
楽しい、でも忙しかった香港旅行も終わり、というのも正味2日間がフルに使えた時間でしたから。下の写真はなんと泊まったマンダリンオリエンタルにパワープレートがあったんです。日本では我がエンビロンがソウルエージェントになっている、あのパワープレートです。でもね使い方もわからないらしく、トレーナーも全く適当な説明。10分の振動で1時間の仕事量、ってわかんないよね?
帰宅してからのおかめのルリちゃんが喜びの表情、信じられないかもしれないけれど、レパートリーのすべての歌を歌いチューをしまくりでした。
ああ、私の愛するルリ、相思相愛ですよ。永遠にです。そんな愛ってないですものね。人間が絶対に裏切られるでしょ?子供だって信用できないし、夫なんて、もっと信用と言うより自分自身も信用できない愛だものね。
これ以上追求するとさびしくなるので、終わり
この写真はセントラル(日本でいえば大手街を想像してください)香港中のアマサン(お手伝いさん、ほとんど住みこみ)近くにプラダもみえるでしょ?アマサンたちは地面に座り食べたり、お話をしたり、実に楽しそう。1週間に1回のお休みに仲間が集まる(確かに私も間違えられそうなので、香港に住んでいたときはきちんとした服と靴をはいていたっけ)
上の写真は左右のエスカレーター以外は通れないぐらいぐらいぎっしりアマサンが座りこんでいる。格差ってこういう事を言うんではないかしら?努力してもアマサとしてのビザの入国なのでそれ以上は望めない。私が住んでいた時とその待遇が、かわらない。信じられますか?英語が話せるのが条件なので、フィリッピンでも大学を出ている女性が多い、でも住みこみで働く。アフタヌーンティーをしている時、窓の下を見るとアマさんが地面に座ってお茶をしている。
上の写真はタイムズスクエアー、ながーいエスカレーターにもぎっしり人、もちろんアマサンではありません、あまさんには平日にはお休みはありません。日本では見た目もお食事をするときも、あまり格差は感じない、でも、ここではお金持ちは、トラムにもバスにも乗らないし、めったに地下鉄にも乗らない。ましてファー^ストフードには行かない。
どちらがいいかは、わからないけれど、このアマサンには胸が痛む。アマサンもこれではいけないと思うべきだと思うが。
香港の今;上の写真はチムトンでのビクトリア湾での、何かの催し;香港人の女性はスタイルがかなりいい。
80階建ての金融ビル、2年前にそびえるビルをみたときはびっくりしたけれど、今はまだ高いビルがあるそうです。まさにヴァベルの塔、神様はお怒りにならないのでしょうか?
お粥、香港はどんなお粥でもおいしい。朝から食べましたよ。香港での香草(コリアンダ)は、あまり気にならない。私の好きなお汁粉も食べましたよ。
このビルとビルの間は日本で云えば私道。1メートル50センチぐらいの道路にビルがそおびえている(アパートだけれど)確かに賃貸料金は高い。特に日本人には高いのかもしれないが月50万以上なんてザラでした。一般の香港人は大家族で住んでいる人もいるし、大豪邸に住んでいるひともいる。私が香港で働いていた社長の家は高級マンションの上の階の全フロアーを買い住んでいる。貧富の差は日本人には想像できないでしょう。
香港島からバスに乗って、カオルーン島に行きます。チムトン
香港一の繁華街。香港島の太古から九龍まで週3.4日パートで働いていた私は本当に胸がわくわく。
過去の脳がどんどん蘇える。少しは変わっているけれど流れる空気は昔のまま。
もちろん飲茶をして適当に歩いていると記憶が戻ってくる。それからアフタヌーンティーと云えばペニンシュラホテル。待ち合わせをそこにしていたが、なんと
1時間ぐらい待ったかもしれない。でも待つかいがあるぐらいの値打ちがある。
もちろん紅茶を頼むのがいいけれど、特にお勧めはペニンシュラプレミアムティーというの。本当においしい。
この銀食器がほしくて、買ったお友達もいたけれど、使っているかしら?私もロイヤルアルバートの3段のアフタヌーンティーセットのお皿を買ったのだけれど、飾っているだけだしね。
こんな優雅なひと時は日本では味わえない。日本では優雅に過ごしてはいけない雰囲気がある。何かのついでにお茶することは、あっても、お茶をするだけの為に出かけることは罪を感じる。この日の為にフェラガモの靴も持って来たが膝の治療中なので出番がなかった。こんなところでお茶していると、人の悪口なんて絶対言えないし、出てこない。1時間おきに生演奏がある。ベートーベンの運命なんか演奏してたけど、ちょっとあわないよね。モーッアルトは雰囲気にぴったりでした。
以前住んでいたマンションを紹介しましょう。香港島のコーンヒルという場所で太古(タイクー)というMTRの駅から上に上にエスカレーターで上り続けて、またそこが平地と云う場所。香港人にはかなりエリート(お給料が高い人が多い。まあ日本人の駐在員はエリートではないかな(失礼
)テニスーコートが5面、プールもジムもあるのだから、かなりレベルは高いのカモシレナイ。もちろんお風呂もトイレも2個あったしね。。。。。。。。。今の生活では考えられなーーーい。
このJ座(Jじょう)の入り口で暗証番号を入れて(たいていはウオッチマンが顔を見てあけてくれたが)、今はこうやって立っていても、不審者にみられてしまう。。。。。時の流れを感じる。ただむしょうに、懐かしさと胸いっぱいに広がる泣きたいくらいの感情が出てくる。あの時代に生きていた私。
ここで死んだオカメインコのルリのお墓参りをして(土に埋めただけだが)帰る。これから2階建てバスでいざゴウ
いよいよ、第一日目。住んでいたときに行ったことのない所に行こうと思い立ち、選んだところは上わん(しょうわん)にある、文武廊、1840年に建てられたという香港最古の廊。しょうわん駅から7分というが、駅からビルが連立して立ち並び
、何回もたずねて、たどり着いた。上の写真が、周りのマンション。
(中の写真が下ですが、白人のグループが香港ガイドの説明を聞いている、左端の香港人は土に跪いて一心にお祈りをしている、左上では作業の人が修理を裸でしている。なんとホンコン的。人にどう思われようと、危険なら、危険に注意してという、看板があるんだから、自分自身で注意してね、ってこど。
下の写真は出口の所。
我々日本人でも毎回古い歴史上のところを見ているわけではないので、多分香港人もあまり訪れないんだろうとおもって、現代の香港の街を歩いた。キャットストリートも観光ガイドにはオオーバーに描かれているのであって、香港人にとっては日常の通りであるんだから。
こうやって歩いていると、お店に入ったりしていると、忘れていた広東語が耳にここちよく入ってくる、少しだけど何の単語かわかりだしてくる。 不思議なことには、お金は特に小銭はさわっただけで、記憶がよみがえって来てすぐに使えた。人間の脳の不思議に驚いた
Lan kan foung (ランカイホウ)での私。夜でもノースリーブで大丈夫です。
マンダリンオリエンタルの部屋の中。外国のホテルはなぜ、薄暗いのだろう?間接照明って事かもしれないが、もっと明かりがほしい。部屋に帰りお風呂のタブの中にたっぷりのお湯を入れ、日本から持ってきた(箱根の湯と登別の湯の入浴剤)ひとつをいれ、ああ、気持ちいい。
テレビはもちろん日本語放送もありましたよ。朝起きたら、日経、Southi China Morning Post ,etc.などが、入っている。ひとつにして(日本人なんだから)無駄と料金の値下げをのぞんじゃうわね。 そこで小泉さんが辞任したのをしりましたよ。。。。。。、



