「確かな人生の歩みをさせていただいている幸い」         
  大阪で三泊四日、先日、持たれたユースジャムJrの集会をユーチュブで視聴し参加しました。次世代の中高生が心から賛美をささげ、み言葉に聴き入り、信仰の応答をしている姿に、また初日はたどたどしいお互いが、祈り合う中で信仰において一つにされていく姿に、私も心を篤くいたしました。
「若い日に、あなたの造り主を心に刻め」(コヘレトの言葉12:1)と聖書は語ります。若い時に、なぜ、主イエスを信じる者が幸いなのでしょうか。それは「真理を知り神の救いに与る」からです。不必要な迷いをすることもなく、不必要な傷を与えたり受けたりすることもなく、純粋に真理の道を歩めるからです。
クリスチャン3代目に、牧師3代目に、その環境で育った私は、「サラブレットだね」と言われた経験が何度かあります。神の恵みと祝福の中におかれているという意味と捉えていますが。クリスチャン家庭、牧師家庭にもそれならではの課題もあり、若い時は、この言葉を十分に理解できず、素直に受け止められませんでした。しかし今は、振り返る度に、幼少期から教会へ、そして小学生よりバイブルキャンプに、高校生から聖会に行かせてもらえたことは主の豊かな恵みであり憐みであり、大きな信仰の成長の機会となりました。「ああ、確かな人生の歩みをさせていただいているのだ」と感謝で一杯であります。