「聖書は鏡」 

 「真の自己像の確立は、人(社会を含む)によって来るのではなく、自分によって来るのでもなく、神の言葉によって来るのである」(バルマモ)。「聖書は自己を映し出す鏡」です。人は自分自身を知りたくて、人(社会も含む)の評価や自分の評価によって自己像を確立しようとします。しかし、それらは一部で偏った見方なのです。なぜなら、それらの基準は時代や状況によって変わる基準ですので、真の自己はわかりませんし、真の自己像とはなりません。ここに、どんなに世界が変わろうとも変わらない神の言葉である聖書があります。私たち人間は真の自分を知るためには、歪みのない真の鏡である神の言葉なる聖書の前に立たなければなりません。それは、真の自分を知り得る唯一の鏡だからです。その前に立ち、①自分が神に造られた尊い存在であること②神から離れたゆえに尊さが損なわれ、罪と死に支配されて滅びに向かっていること③神の独り子救い主イエスに愛され救いを受けることができることを知るのです。そして救い主イエスを信じた者は、罪赦され義とされ、神の子とされ、永遠の命(神との関係の回復)を受け、創造時の尊さ(神の像)が回復していくのです。「神の言葉は生きていて、力があり、いかなる両刃の剣より鋭く、魂と霊、関節と骨髄とを切り離すまでに刺し通し、心の思いや考えを見分けることができます。」(へブル4:12)