「人生、立ち止まる幸い」   

 

 人生の挫折から出てくるものは、人生の深みであります。人生には、しばらく立ち止まって考えることが必要なのです。そうでなければ、忙しさに流されて、表面的なことで終始してしまうからです。

 「人生を立ち止まって熟考する」時は、人によって違うでしょう。「病気」「失敗」「過ち」「失恋」「失業」「死別」「災害」「事故」など、それぞれです。聖書に、「苦しみに遭ったのは私に良いことでした。あなたの掟を学ぶためでした。」(詩編119:71)とあり、新改訳2017では「苦しみにあったことが、私にとって幸せでした。それにより、私はあなたのおきてを学びました」とあります。なぜ、苦しみが良いことになるのか。その事自体は苦しみですが、苦しみは苦しみに終わらず、その事を機に、人生、立ち止まり、「神に心を向けること、神の言葉を聞くこと、神の御心を知ること、神の愛を受けること、神の救いを体験すること」ができるからです。大きな人生の苦しみを包んで余りある神の溢れる恵みを受けるからです。ますます神に近づき、神の恵みを受け、幸せでしたと告白させて頂きましょう。