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『・・・親の期待の押しつけのことを「条件付きの愛」といいます。「条件付きの愛」は親から子どもへの脅迫状にほかなりません』
[出典:斎藤学著 「インナーマザーは支配する」P69 新講社刊]
今回は、わたしはじっとしていますのことについて書きたいと思います。
晩秋の朝、電車の揺れのいたずらなのか。
ただ、たまさかだったのかもしれません。
私のなかの小さなわたしから教えられた、過ぎし歳月、でした。
昔の日、か細い背中の心に定めたのは、じっとしていること。
そのわけは、「怒られるから」
おこられるのが、いやだから
おこられたく、ないから
わたしはじっとしています
薄暗い部屋の窓にみえる夕方の雲が、脳裏に甦ります。
以来、律儀に定めを守り続け、
私はおとなになりました。
外見だけの、です。
最寄駅で電車を降り、改札を抜け、いつもの帰り道に影を映します。
風立つなか、冬支度をした人々の歩く姿がまばらにみえました。
わたしに向けて、語りかけます。
もう、じっとしていなくていいよ
僕は家を出て、前の家族とは住んでいないんだ
いまはこの街で、中学一年生の娘と妻と、三人で暮らしている
その二人は、おこるときもあるけれど
決して僕を怯えさせなどしない
そして、かつて日々を過ごしたあの家は、もう無いよ
だからもう、じっとしていなくていい
じっとしていなくていいんだ
信号を渡りすこし行くと、我が家の灯りが橙色に光っているのが見えました。
どこか早足で扉を開けた私を、二人は常と変わらず出迎えてくれます。
テレビから流れる賑やかな声と、
暖かい空気がリビングに満ちていました。
私はつと、妻娘のお顔を眺めます。
そこにはやはり、薄い膜があるままで。
いきいきとした現実感はありませんでした。
もう、じっとなんて、してなくていい。
あなたと、ひとつになりたい。
そして人間として、生きていきたい。
わたしはいつか分かってくれるのだろうか、と考えていました。
私の場合、のお話です。
「アダルトチルドレンは希望の言葉」
それでいいんです。大丈夫です。大丈夫じゃなくてもいいです。
「ぼくは治そうとなんかせず、ただ偶然を待っている」(河合隼雄さん)
「人格は変わる。それは世界の認知の仕方による」(齋藤学さん)