ストレッチを続け、腰痛指数は6~2へと

 

年々軽くなっていきました。

 

その間、人生における迷いの時期・・・だったはず(´ε`;)ウーン…

 

 

 

 

 

 

 

うーん、実はほぼ忘れてしまっていることに気がつきました。

 

最近静寂で平和な「今」に満足しているがゆえ

 

問題も起こるには起こるが、

 

囚われることもなく静かに過ぎていく。

 

そして、過去の迷いもすっかり昇華してしまって、

 

何を書いても「あれ?そうだったっけ?」となり、しっくりこない。

 

何を迷ってたんだっけ?・・・

 

全てに迷ってたんだろうなε- (´ー`*)フッ

 

ま、まあ、何となく書いてみます。

 

 

 

 

 

 

 

迷いの時期の私は、メサイア・コンプレックスでしたから、

 

目の前のお客様やお友達の心と体を私が改善するんだ、と、

 

(・・・もちろん当時は自分の中に問題があるとも知らず

 

そうすることが善と心から思って、ね)

 

それに足るだけの充分な知識を身につけるべく、

 

目についた本は片っ端から読みあさり、

 

気になる勉強会や講座にはどんどん参加して知識を深めていきました。

 

 

 

 

 

 

色々なことを知れば知るほど頭でっかちになり、

 

「自分は人より知っている」というエゴが膨れ上がり、

 

いつも私が正しく、相手が間違い、と、エゴは言う。

 

正義を振りかざす善意のエゴイストでした(*つ▽`)っ)))アハハハ☆

 

 

 

 

 

 

 

相手が間違ってるように思えるのは

 

自己否定している部分を現実に投影しているだけなのに

 

当時はまだ気がついていない。

 

ただ、救いは腰痛改善のストレッチ中に「観察する私」

 

を自覚するに至っていたこと。

 

 

 

 

 

 

 

前回、「観察する私」が騒がしくなったと書きましたが、

 

微妙に違和感を感じたので訂正。

 

騒がしいのは内と外の世界を見てジャッジしている私。

 

その奥に静かに「観察する私」がいる。

 

そのほうが、しっくりくる。

 

 

 

 

 

 

 

「観察する私」と「観察される私」

 

「観察される私」・・・

 

この肉体を私とする「観察される私」の思考は二元の極み、

 

(「する」と「される」も、実際は一つなのですが、

 

その時点では分離感があります)

 

 

 

 

 

 

 

知識を詰め込んで、でっかくなった頭の中は、

 

天使と悪魔がいるような分離感・・・

 

(ポジティブとネガティブ、善と悪を天使と悪魔の比喩で表現しますね)

 

しかも天使が悪魔を抑え込み、

 

亡き者にしようとしているような状態で

 

心はざわざわと、大騒ぎ

 

奥底に抑圧された悪魔は存在を確認されたがって、

 

外の世界に投影することによってアピールしてくる。

 

「私」はここにいる、あなたの一部なんだって・・・

 

 

 

 

 

 

私の一部を否定する私、

 

そこに迷いが生じていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

そんな時も「観察する私」はいつだって静かに観察しています

 

肉体的なことだけでなく、私の全ての心の動きも観察しています。

 

片時も離れることなくいつも・・・

 

外の世界、現実、をジャッジばかりしている「観察される私」の、

 

その思考が止む瞬間に、

 

起った迷いに対しての気付きが起こります。

 

 

 

 

 

 

 

迷いの時期は、気付きの時期でもありました。

 

迷わなければ、気付きもない。

 

迷いは成長のチャンスなのです。

 

(成長といっても何かを得るというよりは

 

気付いて手放す、囚われからの解放という感じですが)

 

 

 

 

 

 

 

数年にわたり、私は玉ねぎの皮を一枚一枚めくるかの如く

 

徐々に解放され、解放されるにしたがって

 

他者を変えようとするエゴもなくなり

 

自他ともにどんな状態でも「それが、最善だよ」と思えるようになり

 

ずいぶん楽に生きてるつもりでしたが

 

最近になってさらに、

 

「私」の核心部分を垣間見て

 

すごく、自由に、楽に生きられるようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

「私」の核心は私ではなく「全て」でした

 

個というのは幻想で、

 

すべてに抱かれた一部であると同時に

 

全てでもある。

 

そう感じたのは一瞬でしたが、

 

そこに絶対の安心感が生まれました。

 

 

 

 

 

 

 

そうなったところで、日々色々なことが起きますが

 

すぐに平和な静寂の中に戻れます。

 

昨年4月くらいから瞑想を習慣にして

 

最近になってやっと「観察される私」が「観察する私」に統合され

 

静寂な「今」にフォーカスできるようになったことが大きいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

腰痛指数が0になったのは、たぶん瞑想の効果だと思います。

 

もしかしたら、瞑想すれば、

 

痛みや迷いですら

 

全て改善されるかもしれないと思います。

 

それほどの効果をあらわすものだと実感しています。

 

 

 

 

 

 

 

けど、もし、私が腰痛改善の道を模索していた時に

 

瞑想という案を提示されていたとしても

 

きっとやってなかったと思う。

 

全てはベストタイミングで現れる

 

私には、この道が最適で最善の道だったと

 

心の底から思える。

 

 

 

 

 

 

 

全ての人が、どんな状況であろうとも

 

「今」のそれぞれにとっての最善の道を歩んでいるのだとも信じられる。

 

私たちは私たちに最適な最善の今を生きている。

 

 

 

 

 

 

 

変わることはない、

 

けど、変わりたければ変わることもできる。

 

自由に選択をし、生きていけるのだ。

 

あなたは分離した個ではなく、

 

全てに抱かれた一部であると同時に、

 

あなた自身が全てなのだから

 

安心して、あなたがこう在りたいという人生を

 

創造していって下さい。

 

 

 

 

 

 

 

むりくりの3部作にお付き合いいただき、

 

ありがとうございましたー(人´∀`*).。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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