今日久しぶりに電話で話した。
「あなた、妊娠してから2年近く、ずっと苦しんでたじゃない。
ずっとずっと自分を責めて生きてきたじゃない。
娘さんがもし同じ病気を持っていたら、あなたは娘の妊娠を望む?
そう、あなたが娘を大切に思ってるように、あなたのお母さんもあなたが大切なのよ。旦那さんも。生まれるかもしれないまだ見ぬ命よりもずっとね。
入院を繰り返し、死の恐怖と戦い続けながら妊娠生活の約8ヶ月を全うできる?
そう、無理で当然。
2人目を望めない身体だということを受け入れる、きっと出来る。」
文章にしたら何とも味気ない冷たい表現に聞こえるけれど、暖かい人柄を知っているので、どの言葉も私の背中を押してくれた。
こんなことこの場所でしか言えないけれど、妊娠生活は本当に死の恐怖と隣り合わせだった。
でもそんな恐怖、誰にも言えなかった。
初産が怖い、という当たり前の恐怖に加えて更に増幅していく恐れ。
娘に兄弟を。
でも死にたくない。
そんな葛藤。
始めて人に打ち明けた自分の本音。
心の心張り棒が折れたかのように、電話口で嗚咽してしまった。
泣くだけ泣いて、少し自分のことが許せるようになった。
自分の命を惜しんで悪いことはないのかもしれない。