背中を押してくれる言葉 | セカセカは無理ですが、ボチボチならやれます。

セカセカは無理ですが、ボチボチならやれます。

関西在住のアラサー主婦のブログです。
2013年の夏にムスメを出産しました、私の身体の関係でおそらくムスメは一人っ子になると思います。
小さなことで、ウジウジしたり反対に有頂天になったり、喜怒哀楽がハッキリしてる人間です。

 生後から何度かお世話になっている保健師さん。
 今日久しぶりに電話で話した。

「あなた、妊娠してから2年近く、ずっと苦しんでたじゃない。

 ずっとずっと自分を責めて生きてきたじゃない。

 娘さんがもし同じ病気を持っていたら、あなたは娘の妊娠を望む?

そう、あなたが娘を大切に思ってるように、あなたのお母さんもあなたが大切なのよ。旦那さんも。生まれるかもしれないまだ見ぬ命よりもずっとね。


入院を繰り返し、死の恐怖と戦い続けながら妊娠生活の約8ヶ月を全うできる?
そう、無理で当然。

2人目を望めない身体だということを受け入れる、きっと出来る。」

文章にしたら何とも味気ない冷たい表現に聞こえるけれど、暖かい人柄を知っているので、どの言葉も私の背中を押してくれた。


こんなことこの場所でしか言えないけれど、妊娠生活は本当に死の恐怖と隣り合わせだった。

でもそんな恐怖、誰にも言えなかった。
初産が怖い、という当たり前の恐怖に加えて更に増幅していく恐れ。

娘に兄弟を。

でも死にたくない。

そんな葛藤。

始めて人に打ち明けた自分の本音。

心の心張り棒が折れたかのように、電話口で嗚咽してしまった。

泣くだけ泣いて、少し自分のことが許せるようになった。

自分の命を惜しんで悪いことはないのかもしれない。