■科学は「解明途上」周知を
7月27日に東京・元赤坂の明治記念館で開かれた「第25回独創性を拓く 先端技術大賞」(主催・フジサンケイビジネスアイ)の授賞式で、東京大学地震研究所広報アウトリーチ室助教の大木聖子氏が記念講演を行った。大木氏は多くの犠牲者を出した東日本大震災について、「地震学者は、地震の科学の無力さを徹底的に見せつけられた」と、科学の側が受けた衝撃の大きさを認めた上で、「『わかっていること』だけでなく、『わかっていないこと』をも含めて、いかに人々にものごとを伝えるかが重要になってくる」と述べ、震災を機に科学技術のあり方や役割も厳しく問い直されていくとの見方を示した。
私は東大地震研究所の広報アウトリーチ室で研究をしている。アウトリーチというのは、研究者が直接市民に研究成果を伝え科学や技術に親しみを感じてもらう、外部からの需要を研究の現場にフィードバックするといった活動を指す。
最近では天文学や生物学、化学など多くの分野でアウトリーチ専任の教員が配置され、科学技術基本計画でも「科学技術コミュニケーション」という用語によって、推進がうたわれている。地震学のアウトリーチは地震や津波のメカニズムを伝えるだけでなく、地震により引き起こされる現象への適切な備えといった防災の観点も含まれる。
東日本大震災は数多くの犠牲者を出したが、そのうち90%以上は津波によるものと発表された。あの日、テレビに映し出された津波が町を襲う惨状を見て、私は本当に言葉を失った。
◆地震学者の衝撃
今回、地震学者は地震の科学の無力さを徹底的に見せつけられた。
現在の地震学では地震がいつ起きるのかを予測することはまず不可能だ。「いつ」だけでなく「どこで」「どのくらいの大きさになるか」といったあいまいな予測すら、過去に起きた地震の事例に頼っている。この地域ではおよそ100年周期で地震が起きている、というレベルの予測を、たった2つか3つの事例から出す。そして、われわれの持つ知見ではM(マグニチュード)9.0の地震が日本で起きたことは確認されていなかった。
そもそも科学・技術に関する学問は、仮説を立て実験などで検証することで事実を積み上げていく。でも、地震学では実験ができない。シミュレーションで何通りもの予測を立てたとしても、本物の地震が起きないと証明すらできない。しかも大きな地震ほど頻度が少なく、ときには数万年に1度という低頻度になるという問題を常にはらんでいる。これまでの地震の科学は、あまりにも物理や数学に偏っていた。あるいはスーパーコンピューターに頼っていた。地震学の知見を本当に防災に生かすのであれば、古代の地震を記録した古文書を分析する歴史学や、大地に残された歴史を調査している地質学との連携を進めるべきだった。
科学の世界のごく当たり前のおきて、すなわち仮説を立て実験で証明されるまでは正解がわからないということを、私たちは今回ようやく理解した。
M9.0の地震が起きるという事実は、これまで知られていなかった。あるいは証明されていなかった。ただそれだけの理由で多大な人命が奪われ、さらには原子力発電所の事故に至るような事態になってしまった。
何をどう償っていいかわからない。失われたあまりに大きな犠牲に対し、(科学者として)今も申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
◆避難行動の抑制
震災発生から3週間後、岩手県宮古市に現地調査に行った。宮古市は歴史的に、何度も津波の被害に遭っている。市内には閉伊川という川が流れ、市街地は高さ8メートルの堤防によって守られている。
調査の際、市役所5階から撮ったという震災時の映像を見た。津波によって増水した川から今にもあふれそうになっている恐ろしい黒い水がはっきりと見て取れた。あふれる前は堤防が町を守っている。しかし、この堤防は凶暴な津波の目隠しにもなってしまった。
透明な堤防を造る技術があれば、どれほどの人を助けることができただろう。あの映像を見て、そう考えることしかできなかった。透明な堤防を造る技術がないならば、私たちは何をすべきなのか。
科学や技術への信頼によって、かえって被害が拡大した事例はいくつかある。たとえば、今回の東日本大震災の場合、津波の予測高さの第一報は、現実に襲ってきた津波に比べてかなり小さな値となっていた。
あの日、気象庁は岩手県に3メートルの大津波警報を出したが、実際に襲ってきたのは10メートルを超える津波だった。「うちには8メートルの堤防があるし、3メートルの予測だったから大丈夫だと思った」。調査に行った宮古市で人々はそう口にしていた。
3メートルの津波と聞いて、自宅2階に避難し、そのまま津波にのまれてしまった人もいる。科学の世界からの情報を信じた結果、かえって人々を危険な目にあわせてしまったということを本当に申し訳なく思っている。
私は子供のころから、科学者という言葉に強いあこがれを持っていた。科学はさまざまな不可思議を解き明かし、解決方策を与えてくれる。先人たちの営んできた科学によって、われわれは物事の背景にある法則を知り、その知見を応用した技術によって暮らしを豊かにしてきた。
しかし、科学を営むこと自体は未解明の事象に取り組み続ける行為であり、本来、科学的といえば解明途上だと認識されるべきだ。
これを伝えてこなかったこと、科学技術はすごいという印象ばかりを与えてきたことが、今回の震災で被害を拡大した、と私自身はとらえている。
◆過剰な期待と誤解
1995年の阪神・淡路大震災後、われわれは社会へのより具体的な貢献を約束し、「地震発生の長期評価」を公表することにした。地震が「いつ」発生するかを予測するのはほとんど不可能だが、「どこで」「どのくらいの大きさ」の地震となるかは、過去の例を調べることで、ある程度可能になる。こうした考えのもとに、今後30年間での地震の発生確率である長期評価が文部科学省から公表されるようになった。
地震学の歴史の浅さや地震の発生周期から考えても、ここで得られるのは一定の「目安」だ。それでも目安があれば、どの地域の、どういった対策を急ぐべきか見えてくるだろうし、目安に基づいてハザードマップを策定することもできるだろう。ところが、実際に起きたのはM9.0という、われわれの想定をはるかに上回った超巨大地震だった。
科学の世界から提示された「目安」は、社会に出ると「科学的根拠」と名を変える。そこには科学や技術に対する過剰なまでの期待、あるいは誤解とすら呼べるものがある。しかし、それ以上に地震学者がプレート境界で起きる地震については大体は理解できたと思い込んでしまったように、科学や技術に携わる者にもそうした過信やおごりがあったのではないだろうか。
科学の世界でわかったいくつかは技術の力を経て、われわれの生活に生かされている。しかし、科学の世界でわかっていることは広大な真理のほんの一部であり、わかっていないことが大部分を占める。
それが、ある時、陰の側面として私たちの生活に迫ってくることもある。この陰の側面を伝えることのほうが、光の側面を伝えることよりはるかに重要であることを、私はようやく理解した。
◆選択眼問われる時代
これからは、陰の側面を知ったうえで人々がどちらを選ぶかが問われる時代がくるだろう。よりよい選択を助ける役割の一端として、すでに科学技術コミュニケーションというアウトリーチ活動が始まっている。欧米諸国がアウトリーチ活動に国をあげて力を入れてきたのは、これが民主主義社会における個人のよりよい意思決定の助長、ひいては世界における国家の位置づけにも寄与すると考えているためだ。自然災害の多い日本では命を守り伝えていく知恵にもなると思っている。
科学の一側面ばかりを強調してきた結果、震災に打ちのめされたこの現状を重く受け止め、徹底的な反省の後に、正しい一歩を踏み出したいと強く願っている。
【プロフィル】大木聖子
おおき・さとこ 北大理学部卒。阪神・淡路大震災を機に地震学者を志し、2006年東大大学院で博士号(理学)を取得。08年4月から 東大地震研究所広報アウトリーチ室助教として、アウトリーチ活動(広報活動や防災教育、科学コミュニケーション)などを担当。