【管理人Mより】
ニュージーランド クライストチャーチの地震発生から2日以上が経過し、現地からの被災状況や救助活動の状況が続々と入ってきます。滞在中の日本人の方々が語る避難模様からも、激しい地震であった事が判ります。
転載と言う形で恐縮なのですが、ネット上で見つけた情報をまとめてみました。
「阪神大震災と同じぐらい揺れた」現地邦人語る
【毎日新聞 2011年2月22日 18時49分】
現地クライストチャーチの日本食品卸売会社に勤める森園量(りょう)さん(32)=大阪府出身=は高校1年生の時、阪神大震災に遭遇している。国際電話での取材に、今回の衝撃や現地の様子を語った。発生から7時間以上たっても余震は続き、取材中も余震が襲った。
森園さんは今回、市内中心部から東約5キロの職場で被災した。「事務所2階で昼食中、突然大きな縦揺れが襲った。棚から書類が落ち、コピー機もひっくり返った」。約5メートルほどの高さに積み上げて倉庫に保存していた商品もすべて崩れ落ちたという。
職場は臨時休業となり、車で自宅に向かったが、停電で信号はすべて消えた状態。道路は陥没し、液状化現象なのか、一部は水浸しに。普段は約20分で移動できるのにこの日は約2時間かかった。
テレビでは、現地視察したキー首相が「史上最も暗い日を目撃しているのかもしれない。街全体が崩れ落ちた。クライストチャーチの悲劇だ」と発言。
近郊で温泉を経営している荻野多賀子さん(46)も「こちらに来て20年になるが、こんなに大きな地震は初めて。余震の度に、歩けなくなって道に座り込む人があちこちにいた」と現地の生々しい様子を語った。
荻野さんは地震発生時、大聖堂そばのビル内のレストランで友人と昼食中だった。食器は床に落ち、ビルの上からはバラバラと割れた窓ガラスが落ちてきた。裸足で近くの公園に逃げたが、脇の川は増水し、どろどろと流れていた。
クライストチャーチ 古い建物で耐震の遅れも
【毎日新聞 2011年2月22日 20時52分】
一部が倒壊したクライストチャーチ中心部の大聖堂=2011年2月22日、ロイター ニュージーランドは日本と並ぶ世界有数の地震国で過去にも大きな地震が発生、その度に建物の耐震性が強化されてきた。しかし、クライストチャーチは英植民地時代の面影が残る古都で、耐震性の低い古い建物も多い。直下型で震源も5キロと浅く、地震の規模に比べて大きな被害をもたらしたようだ。
「崩れた建物の大半は鉄筋の入っていないれんが造りだ。古い建物は地震の少ない英国の技術で造られている。首都ウェリントンのような新しい都市では、これほどの被害はなかったのではないか」--。同国出身の建築家、ピーター・ボロンスキーさん(49)=京都市=は指摘する。
植村善博・佛教大教授(自然地理学)によると、1931年に起きたマグニチュード(M)7.9の地震を契機に、35年に建築物の耐震基準が強化された。だが、それ以前に造られたれんがや石を積んだ耐震性の低い建物も多く、文化財の教会もこれに該当する。
一方、今回の地震はM6.3で、昨年9月のM7.0の震源に近いが、これまで余震のない空白域で、活断層にひずみがたまっていたとみられる。大木聖子・東京大助教(地震学)は「最大余震」との見解を示し、今後も余震は続くとみる。
クラッシュ症候群の懸念も
【毎日新聞 2011年2月23日 12時04分】
ニュージーランド地震では倒壊建物の下敷きになった人が多数いるとみられ、一刻も早い救出が求められている。体の一部ががれきに挟まれて死に至ることもある「クラッシュ症候群」も懸念されるからだ。阪神大震災などから得た教訓や対策を関係者から聞いた。
救出直後は元気に見えた人の容体が急変、最悪の場合、死に至るクラッシュ症候群。挟まれた腕や足などの筋肉の細胞が壊死(えし)し、カリウムなどが蓄積。がれきを取り除き血液が再び流れると、全身に運ばれ急性心不全などを引き起こす。
「一般的には4時間以上経過すると必ず発症するとされるが、1時間で起きた報告例もある。時間との闘いだ」と警告するのは国立病院機構災害医療センターの小井土雄一・救命救急センター長。「挟まれている段階から、救助と並行して医療を開始することが重要だ」としている。
脱水と高カリウム血症を防ぐため、挟まれた状態のままでもすぐに点滴などで水分補給する。救出後はカリウムを抜くために、人工透析ができる医療機関にいち早く搬送することも必要だ。
宮城県の「技術系災害ボランティアネットワーク」の災害救援アドバイザー、黒沢司さんは「体に圧力がかかっている部分を取り除き、空間をつくることが先決。バールやジャッキがあれば女性でもかなりのことができる」と強調する。
黒沢さんが力を込めるのは、阪神大震災でがれきの中から救助された人の約8割は家族や近隣住民に助けられたからだ。「助けを呼べるように、それぞれが普段から笛やペンライトなどを持つべきだ」と話している。
震度6強に相当…940ガル「阪神」並みの揺れ
【毎日新聞 2月23日(水)15時0分配信】
22日の地震(M6.3)で被災したクライストチャーチで、瞬間的な横揺れの強さを表す最大加速度が940ガルと、阪神大震災(最高800ガル)を上回っていたことが、ニュージーランド地質・核科学研究所(GNS)の観測で分かった。加速度は計測装置の設置環境に左右されるが、強い横揺れが大きな被害を及ぼしたとみられる。
GNSによると、縦揺れをもたらす上下動の最大加速度は1800ガルに達していた。産業技術総合研究所活断層・地震研究センターの吉見雅行研究員(地震工学)は「建物によって揺れ方は違うので、最大加速度だけで被害の大小を語ることはできない」としながらも、「この規模の地震としては強い揺れだ」と指摘。「地震が地下の浅いところで発生したことや、街の中心部が河口に近く地盤が軟らかいことなど悪条件が重なったのではないか」と語った。
情報通信研究機構の分析によると、今回の地震でクライストチャーチ中心部は震度6強に相当する強い揺れに見舞われた可能性がある。
消防庁消防研究センターと共同で開発した「国際版簡易型地震被害想定システム」による推定。気象庁によると、震度6強の揺れでは人は立っていることが難しく、耐震性の低い鉄筋コンクリート製建物の中には倒れるものもある。
阪神大震災は最大震度7、07年の新潟県中越沖地震は最大震度6強だった。
同機構防災・減災基盤技術グループの滝沢修グループリーダーによると、震源の真上は震度5弱~5強と推定されたが、地盤が軟弱な市中心部で強い揺れにつながった。
今回の地震は、2010年9月4日,午前1時35分(日本時間,現地時刻では午前4時35分),ニュージーランド南島のクライストチャーチ付近で発生した地震(マグニチュード7.0の浅い内陸地殻内地震)の最大余震と見られている。東京大地震研究所の大木聖子助教(地震学)によると、震源は太平洋プレート内の活断層で、本震を起こした断層の延長線上にあり、これまで地震が起きていない「空白域」だった。
地震の発生機構は本震とほぼ同じで、本震の震源がクライストチャーチの西45キロ、深さ10キロだったのに対し、今回は北北西5キロ、深さ5キロだった。
床抜け天井迫ってきた…救出19歳恐怖の9時間
【読売新聞 2月24日(木)3時2分配信】
22日昼(日本時間同日朝)にニュージーランド・クライストチャーチを直撃した強い地震で、倒壊した語学学校「キングス・エデュケーション」の入居するビルから救助された富山市立富山外国語専門学校の女子学生(19)が23日、読売新聞の取材に応じた。
足元の床が崩れて体が落ち、目には迫ってくる天井が見えた――。倒壊の瞬間の恐怖を振り返り、約9時間もがれきの中で待った末の救出や、友人の無事を願う思いについても語った。
女子学生は、市中心部のクライストチャーチ病院でベッドに横たわっていた。
4階のカフェテリアで、学生約20人で昼食を取っていた。22日午後0時51分(現地時間)。「周囲の物がカタカタと震え始め、次に大きな揺れがガンと来た。足元の床が抜けて崩れ、下に落ちる瞬間、天井が迫って来るのが見えた。体が砂ぼこりに包まれた」
真っ暗になり息が苦しかった。右足ががれきに挟まり、動くことができない。教員の足が目の前に見え、携帯電話で何回も「ベリー・シリアス(とても重大な事態だ)」と言っているのが聞こえた。他の学生も携帯を手に取り、実家などに助けを求め始めた。
日本援助隊が救出活動
【時事通信 2月24日(木)7時53分配信】
ニュージーランド南島クライストチャーチ市は、22日に起きた強い地震から24日で被災3日目を迎えた。発生から丸2日が経過する中、日本の国際緊急援助隊は同日午前11時(日本時間同7時)ごろ、日本人多数が巻き込まれた語学学校「キングズ・エデュケーション」の入居するビルの倒壊現場で救出活動に着手した。
市内で記者会見した援助隊の片田佳弘副団長によると、救助活動はオーストラリアのクイーンズランド州のチームと合同で実施。重機3台を投入、救助犬や電磁波を利用した捜索も行う。
救助作業には援助隊66人のうち半数を充て、今後、24時間態勢でローテーションを組んで継続する。片田副団長は「時間との闘いではあるが、生存の可能性がある限り、諦めずに、捜索・救助に当たっていく」と強調した。
副団長によれば、ビルは南側の壁面から1.5メートル程度が残っている以外は崩落。がれきからは今も、煙が上っている。
現場は2次災害の恐れがあり、前日のニュージーランド当局による救助作業は一時、中断を余儀なくされた。生存率が著しく低下するとされる72時間の分岐点も迫っている。
外務省の調べでは、安否不明となっている日本人は、富山市立富山外国語専門学校の学生10人、留学仲介会社「ワールドアベニュー」(東京都千代田区)手配の留学生10人ら計27人。
遭遇旅行者が恐怖語る
【産経新聞 2月24日(木)12時58分配信】
地震発生から2日が経過したニュージーランド・オークランドからの帰国便が24日朝、関西国際空港に到着した。クライストチャーチで被災し急遽(きゅうきょ)帰国した旅行者らも多く、硬い表情で現地の様子を語った。
友人とともにニュージーランドを訪れたという奈良県桜井市の井ノ本照子さん(69)は大聖堂近くのレストランで食事中、地震に遭遇した。「突然の大きな揺れに、呆然(ぼうぜん)として動けなかった。洋酒の瓶が一斉に倒れて割れ、水浸しになった。外に出ると、通り向かいの建物がみんなガラガラと音を立てて崩れた」と振り返り、「こんな揺れは初めて。死ぬかと思った」と語った。
家族4人で旅行していた大阪府河内長野市の会社員、堀江信次さん(56)は、大聖堂近くの通りを散策中、大きな揺れに遭った。周辺のビルのガラスが割れて飛び散り、急いで滞在先のホテルに戻ったが「立ち入り禁止」で中には入れず、荷物も取り出せなかった。
軍の指示で、公園近くに設けられた避難所に移動。400人ぐらいの市民でいっぱいで、言葉がよく分からない中、余震におびえる不安な一日を過ごした。空港が使えるようになったと聞き、何とか民間機に搭乗。北島のウェリントンまで飛んだ後、レンタカーでオークランドまで走り、関空直行便に飛び乗ったという。
「必死だった。全員パスポートを携帯していたから、飛行機にも何とか乗れた」と、やっとの帰国にほっとした表情。「職場に電話しても混線でなかなかつながらず、情報不足がつらかった」と話した。
窓割れ天井崩落…帰国被災者、惨状語る
【毎日新聞 2月24日(木)21時43分配信】
ニュージーランド・クライストチャーチ付近の地震では、日本人が被災したビル倒壊現場で日本の国際緊急援助隊などによる救出活動が24日も懸命に続けられ、避難所では続く余震の中、眠れぬ夜を過ごす人たちの姿が見られた。発生から3日目。被災した富山市立富山外国語専門学校の学生の家族の多くはこの日、安否を気遣いながら日本を出発。一部の家族はクライストチャーチに到着した。ビルからは複数の遺体が見つかったという一報が入り、焦りと不安が募った。
現地で救出作業が続けられるなか、邦人被災者が24日夕、オークランド発のニュージーランド航空機で成田国際空港に到着し、地震直後の現地の惨状を生々しく語った。
18年前からクライストチャーチで日本食レストランを経営する上野君枝さん(63)は「当時は約30人のお客さんがいた」と振り返った。「150個のワイングラスがすべて割れ、窓ガラスが粉々に散らばり、天井も崩れ落ちた。店中に悲鳴が上がり、『お客さんを守らないといけない』と必死だった」。隣の3階建てビルはごう音とともに崩壊した。路上には遺体が横たわり、多くの人が血を流していたという。「透き通るほどきれいだったエイボン川が濁り、街中が鉛色に染まってしまった」。自宅はもう住めない。「テーブルに食事が載った状態で逃げてきた」
上野さんのレストランで食事中だったという東京都府中市のホテル従業員、渋谷美子さん(46)は成田で飛行機を降りた後、上野さんと偶然再会し、抱き合って無事を喜んだ。「食事中に竜が走ったような横揺れに襲われ、パニックになった」。街中の住民が協力して救助活動にあたっていたという。
また、3週間の語学研修に参加していた横浜市磯子区の多摩大1年、稲垣花純さん(18)は「カフェで代金を払っている時に地震が起きた。立っていられず、床をはって外に出た」と恐怖を語った。
宿泊先のホテルは立ち入り禁止になった。「スーツケースもすべて置いたまま帰国した」という。
ニュージーランドは日本と同じく地震の多い国です。活断層地帯に明確なラインを描き(実際に線を引いているそうです)国民に認知させるなど、日本とは違う観点で防災意識の高さがあると認識していたのですが、一方で古きを重んじる風習が地震被害増大に繋がってしまったのが残念でなりません。
日本の家屋や高層建築物は耐震化が進んだと言われていますが、建物の中の危険物に対する備え(タンス転倒防止策や割れたガラスの飛散対策、避難路確保etc)がまだまだ意識として足りず、また普及も進んでいない状況です。今回の地震から色々と教訓を得る事が出来ると思います。来るべき大地震に備え、防災・減災とは何ぞや・・・と、今一度見直す機会だと思います。
日本から派遣されたレスキューの皆様、どうかより多くの方々を救えるよう、頑張って下さい!!
現地で被災された方々に、お見舞い申し上げます。
また、多くの犠牲者に対し、哀悼の意をささげます。

