客間と廊下で隔てられた向かいにも部屋があり、ドアが少し開いていた。その向こうに、車いすの老人が見えた。一瞬その老人と目が合ったような気がした。じっと、ドアの隙間からこちらを監視するかの様な、険しい目つきだった。

 

「このガネーシャの置物は波多野が、響子にプレゼントしたものだそうです。波多野が財産を失ってどこかへ行ってしまった後も、響子はこれだけは大事にしていたそうです。

 

ガネーシャは商売の神様で現世の利益をもたらすそうです、響子はこれをお守りにしたのでしょう。響子は香を私たちが引き取った際に、これを香に持たせてたのです。」

 

 ガネーシャは、左肩から右わき腹へと、刀で切られた様に綺麗に割れていた。私は、これを見た時に山名氏が語らなかったガネーシャの由来を思い出した。

 

 インドの神話の一つだが、シヴァとその妻パールヴァティ―の子供がガネーシャとされる。シヴァが家を留守にしている間、寂しくなったパールヴァティが自分の身体の垢や塵、泥などから作ったのがガネーシャだ。

 

 だからガネーシャは自分の父を知らない。そして、シヴァが家に帰ってパールヴァティの部屋に行こうとしたとき、ガネーシャは父と知らずにこれを阻んだという。怒ったシヴァは、ガネーシャの首を切り落としてしまった。

 

 悲しんだパールヴァティはガネーシャを生き返らせるようにシヴァに頼んだ。そして、次に通りかかった者の首を切り落としてこれをガネーシャの身体につけた。それが象だったので、ガネーシャの頭は象になったのだという。

 

 ガネーシャは商売の神の他に、障害を取り除く神でもあるという。

波多野からこれを贈られたとき、響子はどんな障害があっても2人で乗り越えて行こうという、波多野の気持ちだと信じたのではないか。

 

 少なくとも、商売繁盛だとは受け取らなかっただろう。そして、香にこれを持たせた時も、香に降りかかるであろう不幸を取り除いて欲しいと、祈るような思いだったのではないだろうか。

 

 山名氏は本当にその意味を知らなかったのか、それとも敢えて無視したのだろうか。そう思った時に、響子の波多野や、娘に対する本当の気持ちを知らずに育った香が、一層不憫に想えたのだ。