船から、音楽が聞こえ、いつの間にかドレスで着飾った人々がワルツを踊りだす。賑やかなそのダンスパーティーの様子に見とれていると、長い黒髪の女性が踊りませんか、と手を差し伸べてくる。踊りながらその人から漂う香しい匂いに心がざわつく。あなたも大王様と一緒に路を上るのですか、と問いかける。すると、その人は、私にはまだここに思いが残っています、という。大王様は何処へゆこうとしているのでしょうか。その人は黙って答えなかった。

 

 その人の匂いには覚えがあった。確かエレベーターですれ違った人の匂い、だと思った。長い黒髪が突然私を包み込んだ。匂いにくるまれているうちに、私にその人の記憶が伝わってきた。

 

 ダンスを踊っている人々は、いつの間にか泥でできた人形になっていた。鮮やかに彩色されて、まるで生きているように見えるのだが、音楽がやむと同時にみんな動かなくなってしまった。

 

 大王とその一行は、まだ路の途中だった。空には黄色くにじんだ月と、赤い星が見えた。船は誰もいなくなって、静まり返っていた。夜の暗闇の中で、私とその人だけがまだ生きていた。

 

 この船に乗るのですか、と私は尋ねた。いいえ、まだ乗れないのです、とその人が答えた。

まだ一日ありますね、少し散歩でもしましょうか、と二人で川岸を歩いた。

 

空はいつの間にか明るくなり、船の姿も見えなくなり、気が付けば晴海ふ頭の公園を歩いていた。