芦名が尋ねました。
「では、私はどうなるのでしょうか?」
「あなたは、何故ここに来たのですか?
あなたもあの人に会って、ここに来るように言われたのですか?」
「いいえ、私はただ、助けを呼ぶ声に導かれて、ここに居るのです。気が付くと、この女性の身体になっていました。ここで、このロクサーヌという女性を安全な所に導いたのです。
たぶん、あのザラフシャンの山の中で、この人は死んでいたのかも知れません。
私は夢中で、ただ生きる為に、山の中から逃げてきたのです。
だから本当の処、何故自分がこの女性の心になっていたのかは分かりません。
あなたの言う人は、何という名前なのですか?」
「その人はマギと呼ばれていました。」
「そうですか、では私は、この女性を山の中から助けだした、ということですね。
きっとここで、あなたにこの女性を預けるのが私の役割だったのですね。」
「有難うございます。この女性に会えたことで、あの人の言うことを信じることができます。これから私は、この女性としてここで生きて、きっと私の子供に会うことができるでしょう。」
「子供の名前は何というのですか?」
「羽栗翔です。」
「かける、ですか。日本人なんですね。」
「ええ、私の夫は日本人でした。私たちは日本で暮らしていました。あの子はまだ小さい内に、父を亡くし、今は一人なんです。
でもきっと、私があの子を見つけて育てて見せます。あの子もこの世界のどこかにいるはずですから。」
「では、私はここから去ることにします。きっと日本に帰れるのだと思います。お元気で、さようなら。」
「さようなら、無事に帰れることを祈っています。」
自分は、その二人の話す様子を見ていたのですが、二人は自分がいることに気が付いていなかったようです。それから、目が覚めるといつものアパートでした。
自分にはただの夢でしたけど、そこには芦名史人と翔の母と、それから横たわっていたロクサーヌという女性がいました。
マスターは話を聞き終えると確かめるように言った。「それは不思議な夢ですね。そうすると、サラズムという町に、芦名史人と翔の母親がいて、その二人がロクサーヌという女性の身体を交換したということですか。」
「ええ、でも二人は心だけで、ロクサーヌという女性は身体だけで心がなかったんです。」
「つまり、交換したのは『心』と言うことですか。マギというのは誰なんだろう。」
「その母親が 話していた、青く大きなビルの近くには高速道路が見えていました。そのビルのかなり上の方の階にマギのいた部屋がありました。」
私は芦名の実家で見た封筒のことを思い出した。
「そう言えば、秋田の芦名の実家にあった、封筒の中には、1通は古代文字のような手紙と、もう1通は日本語で書かれた手紙だった。
そう、確か722年の世界にいる、ザラフシャン山脈の山の中にいる、と書かれていた。」
マスターが説明した。
「722年は大勢のソグド人がザラフシャン山脈の山中で殺されるという事件が起きた年なんだ。そうすると、芦名史人はその時代にいるということか。そして、翔の母親もそこにいるというのかな。
しかし、身体と心が別々になって、一つの身体に何人もの心が入れ替わるというのは?
多重人格のことなのか?
でも、手紙があるのは事実だし、翔も確かにいる。」