桜下に冠を正す暇がなかったリュック
お天気情報が本日が桜満開のベスト日ですと言う日に神田川沿いの桜下を1時間ジョギングする。年々歳々 人と人の運命は変われど、この桜の景色は又やってきて、心をいろいろに揺さぶる。
それにつけても桜の下を歩くということで今でも思い出す。
たまたま東京九段の近くの出版社で会議が終わり、車を拾おうと靖国神社を横切って歩いた。今終わった会議がどうにでも取れる内容で、そこに西洋人と東洋人の感じ方の違いが出る。ドアを見送られるや否や、リュックは一体如何しろというんだと興奮気味。相手の私は東洋人の諦観とでもいうか、見据えた先を理解させようと言い返す。
ふたりとも口達者の仲間なので、どうしても相手を説得させようとする。さすがに靖国通りを横切る時は左右を見たような気がする。過ぎたら、奴がまた西欧マナーではこうあるべきと、見当違いにも私を非難してくる。負けてたまるか、こっちの方が経験豊かな年上だぞと、たとえ共通の道具、英語でも、ローマにいるならローマ人の論理を判らせないで返すものかと口角泡を飛ばす。
今10数年経って見れば、何を言い争ったのか思い出せない。でもひとつだけ鮮明に覚えている。二人が気が付いた時、いや、私ひとりかな。すでに3番町を過ぎて、東條會舘が見えてきているではないか!
はたと気が付き、彼にデベイトの休戦を申し込む。彼の顎を上げさせる。そこは当日満開の千鳥が淵の桜並木が終わっていることろであった。
勿論ベストの桜下の良い場所はとっくに過ぎていた。うーむ、残念。彼は年一回の日本で、しかも桜満開の’この日’。選りによって千鳥が淵。。。!
しかし、時間のない我々二人は彼のうらめし顔に挫けずホテルに直行。
その夜、古いオールド・インペリアル・バーで、私が手振り、身振りで日本人の愛する桜満開の見事さを歌舞伎役者のように解説してやった。欲求不満の顔というのはああいう時の表情だろうか。
又、彼にその時、その場所に戻って、日本の桜への真の感激を味あわせてやりたい。でも今日もリュックはヨーロッパかアメリカか、どっかの空を飛んでいるだろう。