さて『両極端』って事で
行動や思惑等に両極端な考え方があると思います
助け合いに関して全てに関して関わればやはり『有り難、迷惑』となりますし、相手にとっての『助け』になるか?
疑問です
自己中心的な行動も広い意味で行えば、『みんなの助け』になり得る
ここで『両極端は、手段が違えど根本は、同じとも取れる』と思う訳です
上記に挙げた『助け合い』ですが(特に仕事だと)
ほんの少しの助けならば『助かる
』となりますが極端になれば、『その人の仕事を奪う』事もしくは、『自分は、優秀、この人は、無能
』をあからさまにアピールしているととられかねない
自己中心的な行動も広くなれば全体が楽になる様になり効率的にもの事が進む筈です
しかし、なぜ『両極端の事が極めると全く反対の事になる』のでしょうか
両方とも適度な位置だとその言葉の様になるのでは?と思います
意外と『迷惑な言動』をしている人の本心は、逆かも…
『優しいもの腰』の方も、もしかしたら…
ひとえに『物事の見方、考え方は、一方向でなく他方向から見る』(より柔軟に)事も必要でしょうね

行っている方は、『自分の意見の押し付けでなく、自分がやれる意見』を留意して意見、行動を持つと違う見方をされるのでは?(特に、『自己中心的』って思われがちの方々)