@goze_tea's log 

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外見てるところ

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こう(左)じゃなくて、こんな(右)の社会いいよねっていう内容を論文にまとめようとしてるけど、すごく大変です。


 左;1つのヒエラルキーの中の特定の箇所に一職業、あるいは一職種が位置している状態
 右;職業ごとあるいは職種ごとにヒエラルキーがある状態


減速して自由に生きるーダウンシフターズ(高坂勝さん)を読んで


高坂さんのダウンシフターズ読んで思ったけど、ヒエラルキーがいくつもある状態だと、高坂さんの言う”ダウンシフト”はダウンシフトじゃなくなる気もします。目指す?属する?(表現が分からないけど)ヒエラルキーを変えているだけで、ダウンしてる訳じゃないかなって感じ。元居た?ピラミッド(仕事でのポジションとか収入とか)での所属位置こそ下がるけど、新しく自分の価値基準に決めたピラミッド(自分の時間、お客さんとのコミュニケーション量)では上を目指してくってイメージを受けました。


ちきりんの記事を読んで


「いい大学、いい会社、いい給料」が勝ち組ではない -ちきりんさんに聞く「ふたつの人生」の設計法っていうエントリーを読んで、”いろいろやって材料を揃えればいい”っていう部分にはすごく共感したけど、その年が40歳っていうのを見て、技術者とか士業の人たちすごいなあと思いました。いい大学→いい会社っていう一般的な価値尺度に依らずに、自分のやりたいことっていう基準で選択をしてきた人が多そうなので、いつも本当にすごい!自分の周りにも地元にはそういう人が多かったので、普通科の高校にいって、商学部に進む、っていう選択肢をとるのはすごく気後れしました。

なんかすごい退職エントリを読んで


博報堂を辞めてみましたって退職エントリを読んで、普通の選択ができる人に対する憧れがあったっていう部分がすごく刺ささりました。


“普通に生きること”
これまで所謂真っ当な敷かれたレールに乗った人生を
送ってきました。

大学受験もさせてもらえて大学に入学することも
できました。


しかし、どこか周りについていけない自分が
つねにいました。
肩書きだけはレールに乗っても、
中身はレールに乗れなかったというか。



本音を言えば普通に学生して、普通にサークルに入って、
普通にゼミで勉強して、普通に就職活動をして、
普通に社会人になっていく周りの人たちへの嫉妬は
ハンパなかったです。


でもどうしてもそういうコミュニティに息苦しさを覚えて、
自分が息出来る場所を探し続けました。

本当は弱い自分を、強く見せたいために必死でした。



私は、”いい大学に入っていい会社に行く”っていうスタンスにすごく違和感があって、両親ともに高卒で、自営業をしていて、私もいずれは自営業しよう!と自然に思っていたから、就活=就社活動って考え方があんまり理解できなかった。就職活動っていうのは士業につくのも、開業するのも、政治家になるのも、公務員になるのも含めて捉えていて、全ての選択肢はフラットで、両親含め自営業者の多い親族の影響で少し”自営業”という選択肢が大きく見えていたくらいだった。早稲田には変わった人がいっぱいいると思って入ったのに、いい大学に入っていい会社に行くっていうスタンスはすごくメジャーで、一方的に抱いていた期待を裏切られた感じがしました。だからこの文章に共感しました。


商学部には同じ様な研究をしてる人は知る限りいないので、話せる人がいないのが最近の悩みです笑

21歳の目標は3つ。


箏を再開する

高校卒業と同時に辞めてしまったことの稽古を再会させようと思います。ヨーロッパでチップ稼ぎをしながら周遊するのが小さな夢です。ただ、箏を海外に持って行くのは、飛行機での気圧変化に耐えられるか、きれてしまった時に自分で弦をきちんと張れるかなど不安もあります。昨年から、彼氏が尺八を始めたので、ヨーロッパでのチップ稼ぎデュエットもありです。



ケルンにはグランドピアノ持ってきてる人もいました。

もっともっと人と会う、過ごすこと

2013年は、海外旅行3回と語学留学2回にお金と時間を使い、そのお金を溜める為にバイトにいそしんでいたためにあまり人に会えない1年でした。疎遠になった方が多かった気もします。遊ぶ、というよりいろんな価値感とか感覚を持った人の話を聞くのが好きなので、もっと時間と少しのお金を割こうと思います。


自分の違和感を形にすること

いつからか分かりませんが、ずっとすごく違和を感じていたことがあって、それは大学に入って強くなりました。長い間シンプルに言語化してまとめることができていませんでした。違和感を語弊を恐れず無理矢理一言で言うなら、専門職(特に技術職、中でも土木)に対する過小評価があまりにも横行しているのではないか、またその為によい人材が専門職に進まず、その結果専門職の評価はさらに下がり、子どもの憧れの対象になる機会が減り、更なる(優良)人材不足を招いているのではないか、ということです。具体的な形は現段階では決まり切っていないけれど、何となく考えていることが2つあります。1つは韓国の高麗大学と早稲田大学共同の”私たちの国の問題点とその解決策”というテーマのコンペ、もう1つはNRIへの論文エントリーです。専門職への過小評価と人材流通不足の負のスパイラルについてという切り口にしようと思っています。そして、直接関係があるかは分かりませんが、早稲田の文化推進部の学生アドバイザーになって、その活動を通して、思考の補助線になるのではないか、とも考えている次第です。

以上の3点です。最後に掲げた”自分の違和感を形にする”だけは必ずやり遂げます。


2013年を振り返って

今年は旅行と語学に時間をかけた年だった気がします。
5回の海外旅行と3回の国内旅行をして、韓国語と中国語の勉強を始めました。
時系列で書き出してみると…

【冬】1月:大隈講堂で慶應生含め、年を超して、みんなで早大前の穴八幡へお参り、その後、お台場で初日の出を見て、うどん屋で締める、という元旦を過ごしました。帰省、成人式、期末テストで1月を過ごし、月末から2月に掛けてはライブの運営メンバーで銚子の犬吠に行って、旅館で合宿。2月:北海道にいる中高の部活の後輩と網走で流氷を見た。殺陣のpv撮影のために長野へ。

【春】3月:長野から帰ると翌日からドイツへ短期留学に。ドイツでは台湾人、中国人、韓国人、アメリカ人、スペイン人もちろんドイツ人の友達ができたし、ブリュッセルやパリ、アムステルダムに行けて、初めてのヨーロッパを満喫できました。どこでも英語が通じるのでドイツ語の勉強にはならなかった気もします。3月はまるまるドイツでした。留学先のボン大学は素敵すぎてまた短期でいいから留学に行きたいと思いました。4月:韓国語と中国語の勉強を始めました。ドイツで仲良くなった台湾人、中国人、韓国人の影響でした。ドイツには何カ国語もペラペラな人たちがいっぱいいて、英語も完璧じゃないですが、なんとなく語学の勉強がしたくなりました。5月:ブラビ後2回目のライブ。6月:商学部デーでは弾丸でタイに。

【夏】7月:夏休み中に2度海外に行くことが決まったバイト戦士でした。一ヶ月で100時間くらいたぶん働きました。8月:中国に行くのは食事とか衛生とか若干怖かったので、出発前には韓国語授業で仲良くなった中国人にいろいろ聞いてから行きました。北京ではカルチャーショックばっかり。大学はよかったけど、北京はあまり好きになれず、友達の住む吉林省まで7時間列車に乗り、遊びに行きました。吉林省は涼しいし、人が優しいし、スモッグもないし、居心地よかったです。帰る頃にはまた来てもいいかなと思いながら、帰国。9月:1週間くらいバイト連勤の後、つぎはヨーロッパ鉄道の旅に出ました。スペインのバルセロナからユーレルパスを使って、21日間の旅をして、ウィーンまで行って、帰国しました。10月:後期は、語学が7/12コマというもはや商学部と言えるのかよくわからない感じです。ブラビ後の3回目のライブ。今回初めて何もしない早稲田祭だったので、その間は台湾へ。ドイツで仲良くなった台湾人の家にも遊びに行きました。11月:1年ぶりのバンジージャンプ。大学の簿記1級講座の受講を始めました。

【冬】ドイツ語と朝鮮語のスピーチに出場しました。朝鮮語のスピーチでは殺陣も取り入れたので、久しぶりに稽古をしました。12月:LIFE IS TECHにて中高生にiPhoneアプリ開発を教えるインターン?を始めることに。
 

…こんな感じの1年でした。 よかったこと、やりたいことをとにかくできたこと。残念だったのは、人とあまり会えなかったこと。会おう会おう詐欺ばかりでした。すみません。

2014年の抱負

来年の目標、人と違うことをすることを躊躇わずに、やり抜くこと。何事も中途半端にしないこと。もやもやしてたことを、すっきりさせて形にすること。
ちょっと曖昧な書き方をしましたが、自分の中では明確な目標があるけど、言語化まではできていない状態で正月休み中にきちんと文章化できるようにするつもりです。
あとそれに加えて、かっこわるい状態でも人にそれを曝すことを過剰に避けないのと、大人に相談する機会を増やすのも目標です。

私にとっては2015年が生活スタイルががらっと変わる年になるだろうと思っていて、それに向けた準備を今年中にしっかりとしたいです。