週刊朝日の記事についてのブログ(http://ameblo.jp/goyossie/entry-10838892229.html) の中で、京都大学原子炉実験所助教・今中哲二氏のチェルノブイリに関する論考が、この記事の中で、いかに悪用されているのかについて書いたけれど、この今中氏の論考、なかなか興味深いです。(論考はhttp://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/tyt2004/imanaka-2.pdf )





どう興味深いのか?




具体的に言うと、

①チェルノブイリの放射能汚染とガン死の増加の相関関係は、一般に人が思うより(少なくても私が思っていたより)かなり低い。

②にもかかわらず、やはり原発事故というのは大問題になる。

ということです。


まず、現在問題になっているヨウ素摂取からの甲状腺がんについて。今中氏の論考によると、世界の専門家が集まった「チェルノブイリ・フォーラム」の発表では、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアを合わせて1986年の事故後、2002年までに約4000 件の小児甲状腺ガンが発生し、そのうち9人が死亡したとされています。もちろん、甲状腺がんになんかかかりたくないけれど、その致死率は0.2%です。さらに付け加えておくと、広島・長崎での被爆者の追跡調査から、20歳以上なら1シーベルト分被曝しない限り、甲状腺がんの発生率は極端に低いらしいです。(これは原子力安全委員会の資料(http://kokai-gen.org/information/6_015-1-1y.html )から。)1シーベルトって1000ミリシーベルトですよ。まずありえない。speediによる試算でも、退避圏外では出ない数字です。イソジン飲みこんじゃうほうがよっぽど危険だ、というのも納得の数字。


次に、この論考の中で、各国際機関が出しているチェルノブイリ事故からの被曝によるガン死の見積もり(将来分も含む)を一覧にしてくれているのですが、それによると、



チェルノブイリ・フォーラム:対象集団60万人に対して、3940件。

                          (0.7%)

WHO(世界保健機関):対象集団3か国740万人に対して、9000件。

                          (0.1%)

IARC(国際ガン研究機関):対象集団が全ヨーロッパ5.7億人に対して、16千件。



これは死亡件数であって、罹患率ではないから、一概には何とも言えないけど…、やはり皆さんが思っているよりもぐっと少なくないですか?フォーラムの発表に対して、WHOの方が死亡率が低いのは、WHOの方が比較的被ばく量の少ない人も対象にしている(とはいえ、平均被曝量は7ミリシーベルト!)からです。東日本の全人口がどれくらいなのかわかりませんが、仮に東京の人口にあてはめて、WHOの見積もりにあわせると、人口1300万人に対して、被曝が原因のガン死は13000人ということになります。もちろん、現在の状況では、私たちが受ける放射能汚染は、チェルノブイリと比べて、はるかに低い。



また、今中氏の論考は1986 年に動員されたリクビダートルと呼ばれる事故処理作業者の追跡調査について述べているのですが、これによると、
「たとえば、ロシア居住のチェルノブイリ原発の後始末などに従事した労働者6 5905 人(平均被曝量120 ミリシーベルト)を対象に1991 年から1998年までを追跡した結果によると、その間の死亡は4995 件(7.6%)であったという。事故処理作業時の平均年齢は約35 歳で、8年間で7.6%という死亡割合は感覚的にかなり大きい。」(平均被曝量が120ミリシーベルトであるところに注目して下さい。今、一般の日本人が受けている被曝量とは桁が違う。)


ところが、この間のロシアの人口統計からすると、特に放射能汚染を受けていない人よりも、むしろ死亡率は低いんです。



へ?と思いません?


実際のところ、この時期、ロシアはソ連の崩壊に伴う経済的・社会的大混乱のために、平均寿命は、「1990 年に63.8 歳だったものが1994 年には57.7 歳まで下がっている」んです。



つまり今中氏の説明からすると、ロシアでは、チェルノブイリの被曝が原因で亡くなるよりも、ソ連崩壊が原因で亡くなった人の方が率として高いっていう推測ができます。ちなみに、この4995件の死亡例のうち、被曝が原因と思われるのはおよそ200件だそうです。


しかし、ですよ。この4995件のうち、被曝が原因なのは200件だとして、ではチェルノブイリ事故の間接的な影響から亡くなった人は何人なんだろう?



これも今中氏の論考を引用させてもらうと、

「チェルノブイリ事故では約40 万人が住んでいた家を追われ、500 万以上の人々が汚染地域での暮らしを余儀なくされている。汚染地域では産業が衰退し社会的インフラの崩壊が進行している。汚染地域からは、被曝では説明できないほどの健康悪化が報告される一方、IAEA の専門家らは、放射能汚染よりも「精神的ストレス」の方が健康に悪い、と繰り返している。」



つまり、事故の結果深刻な結果を引き起こすのは、被曝そのものよりも、社会・心理的な要因の方が大きいのではないか、ということです。こうした要因は統計的に測ることができないので、実際、どれくらいの人がチェルノブイリ事故から受けた影響によって亡くなったのかはわからない。が、4995件のうち、事故のために、希望をなくして亡くなっていった人はいったい何人いるのだろうか、と思うと胸が痛みます。



そして…、これからの日本のことを考える時に、被曝というだけではない、それ以上に大事なことがあることに気づきます。


俺たちは、希望を失ってはならない。福島の人たちの希望を打ち砕くようなこれからの日本であってはならない。そうでなければ、被曝以上に、あるいは津波以上に、この地震の被害は大きなものになる。これ以上の被害を食い止めるために必要なのは、物理的な問題だけじゃない。復興への心がまえ。希望。あるいは復興へ向けた具体的な行動。そういったものが何よりも大切になるんだ、まず間違いなく。


それが、私が今中氏の論文を読んで思い浮かべたことでした