一番風呂争奪戦 大黒湯杯 | ゴースケのFighting days

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カレーとボクシングとヌコをこよなく愛する関豪介の日々の叙事ブログ。
たまにボケかますから気をつけろ。

喫茶店や八百屋、個人経営の商店など「昔ながらの」という冠詞がぴったりな情緒が残る東京下町。
それに例外なく佇む大黒湯はスカイツリーに一番近い天然温泉である。

真の一番風呂をかけて精鋭達がしのぎを削る一番風呂争奪戦の会場に、今年はこの銭湯が選ばれた。

開店は8:00。それは奇しくも国民的大会「箱根駅伝」の号砲時刻と符号する。

レース開始15分前。会場前では年明けの営業初日の一番風呂こそ真の一番風呂という頑な信念を持つ猛者達が既に戦いの時を今や遅しと待つ。
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その中にひときわ筋肉質の男が一人。

2010年、府中 曙湯杯準優勝。
2011年、大塚 記念湯杯優勝。
2015年、松戸 湯楽の里杯優勝。

という実績を引っさげ3年ぶりのレースに臨もうとしていた。

しかし、これらの実績は今や無に等しい。問われるのは今現在の実力なのだから。

久々の試合に男の膝が震える。
それは武者震いでも、はたまた1月初旬の寒さのせいでもなかった。

 「筋肉が喜んでやがる...」

なんかオラ、すっげーワクワクしてきたぞ!とでも言わんばかりに試合前の緊張感を楽しんでいたのだ。

7:50分。ガラガラと音をたててシャッターが上がった。
「おはようございまーす」
予定よりも早くゲートを開ける主催者。

しかしそれは想定内。好位置を確保していたのが功を奏し暫定2位で券売機へ向う。

だが、そこで一瞬財布を開けた右手が止まった。

ごっ、5000円札しかない...

券売機を通過するには小銭、または1000円札の所持が不可欠。


落ち着け。まだ対処する余地はある。諦めるな!

ふと、男はある良策を思いついた。



よし!両替してもらおう!



「すみませーん、両替していただけますかー」

5000円札を受付のおばちゃんに渡す。

すると、ものの10秒ほどで1000円札5枚が手元にきた。
さすが長年大黒湯を仕切るディーラーだ。

しかし、その10秒が生死に関わるのがこのレース。

脱衣所に到着した頃には暫定6位になっているではないか。

ここから「脱ぎ」の行程に入るが、ここは彼の得意分野。身体能力の高さを生かし、ズボン、パンツ、靴下を同時に脱ぐ三役同時脱ぎという荒技を繰り出し距離を詰める。

本会場に入ると次は「洗い」の行程が待つ。この時点で暫定3位の所まで来ていた。

男は湯船に一番近いポジションを確保すると直接そこかり湯をすくい頭からザバザバとかけた。こうすることでカランから桶に湯をためるというタイムロスをショートカットできるのだ。

トップの背中が見えてきた時、男はアスリートにおける至高の精神状態「ゾーン」にあった。観客の多くがゴール間際の逆転劇を想像したに違いない。


だが、現実とは非常なもの。トップ、そしてその次を走るベテランの二人が、かかり湯をするや否や湯船に入水したのだ。

湯船に入る前には頭と体を洗い綺麗にするのが不動のルール。これは反則行為である。

ツートップの失格負けにより暫定3位だった男がトップに躍り出た。しかし、シャンプーをする男の表情に喜びの色はない。

男はある映画のワンシーンを思い出していた。

ジャマイカのボブスレーチームがオリンピックに挑んだ物語
「クールボーダーズ」

ジャマイカ初のボブスレーチームの監督に就任した元カナダ代表メンバーの一人。彼には独断で反則を犯したという忌まわしき過去があった。

なぜ反則を犯したのか。そう聞かれた彼の応えは

「どうしても勝ちたかったんだ...」




...そうか。

どうしても勝ちたかったんだな

体を洗い流し立ち上がった男はゆっくりと一番風呂に浸かる。

やはり風呂は気持ちいい。
そこに順位やレースなどは一切の関わりをもたない。


気づけば会場は多くの人々で賑わっていた。中には次の世代を担うちびっ子の姿も。そして、皆楽しそうである。

老いも若きも同じ湯に浸かって語らう。
この先も残していきたい「昔ながらの」がそこにあった。