出発前に英語でLoikawのことについて調べていて首長族と呼ばれる人たちが住んでいる居住地があることが分かった。なので、出会うためにどうすればよいか、いろいろと調べてみた。英語でリサーチしていると、「Kayan Beaty Travel & Tour Co. Ltd」という会社がある。ひょっとしてと思い、記録しておいた。
ホテルのデスクで、観光名所を訪ねると
①昨日訪ねた『Taung Kwe Zayde』というパゴダ
②Kyah tribe と Kyan tribe(首長族)
③バルーチャン水力発電所(日本人が建設したミャンマー1の発電所)とローピタの滝
④風が吹くとチリン・チリンとたくさんのベルの音が聞こえてくるパゴダ群
の4種類があるとのこと。タクシーを使って回れるとのことであった。しかし、ここで気づいたのは最近まで許可証が無いと入れなかった地域に、タクシーで入って自由に見て回れるのだろうかという疑問がわいた。そこで「Kayan Beauty Travel」のことを訪ねてみると、このホテルから歩いても5分ほどの場所にあると教えてもらったので、そこで情報収集する方が良いと判断し、さっそく出かけた。途中入ったお店で英語が上手な娘さんと話していると、やはりタクシーではよくなさそう。タクシーの運転手はほんの片言の英語しかしゃべられないので、見るだけになるというのだ。その後ツアー会社を訪ねてみると、留守。ホテルに戻って、結果を伝えると、電話してあげようということで、ツアー会社のオーナーが1時間後に来てくださった。
オーナーのお話によると
①Kayah族やKayan族の人たちはミャンマー語ではない独自の言語を持っていること
②タクシーの運転手は連れまわることはできるが、ガイドの資格を持ったものでないと
解説や説明はしてはならないということがこの国では法律で決められていること
③こちらのツアーで行く場所は、今年の6月に許可書無しでも入れるようになったこと
④写真を撮られるのが嫌な人もいるので、むやみにカメラを向けてはいけないこと
料金は 1人だけだと$90、2人だと$40 3人以上は$30である。
ちょうど、そばにフランスから来ていた人が、俺も参加したいと申し出てくれたのでそれでは一緒にということで、一人$40でツアーに申し込んだ。
まずはKyah族の村落の紹介。基本自給自足の生活を現地の方はされているようで、お家を訪問しながら、綿から糸をつむいでいる様子や祭祀場、鶏の骨を使った占い、音楽演奏、お酒の蒸留など2時間かけて説明をしてもらった。この村で案内してくださった女性はミャンマー語で通訳してくれているガイドのオーナーに語りかけてくれ、それをオーナーが僕たちに英語で伝えてくれた。何人かの人たちとすれ違ったが、ガイドの方が「この人にはカメラを向けないで」と忠告してくれた。たしかに動物園の動物のようにカメラを見知らぬ人たちから向けられるのは、いい気がしないものである。移動途中で昼食。これは自分たちで支払う。レストランの向かい側の道に日本の国旗が描かれた石碑があったので何かと聞くと「日本人がKyan族の方に向かう道を国際援助で舗装してくれた」ということであった。
そしていよいよKyan族の集落に。途中銃を持った兵士が6人、道端にいた。彼らはKyan族の兵士で、これまでも部族間での争いがあったので、今でも不審者の通行を見張ってるとのことであった。この場所より奥は今年の6月まで許可証なしでは通過できなかったそうである。
村の途中から首に金色の輪をはめた女性たちが目に入る。そして、車は商店の駐車場に。
ガイドはそこで手に一杯のチャパチプスのような飴を購入。目的の家に行く途中を含め、車の止めてある商店に戻るまで、子供たちに出会うと1人に一つずつ呼び寄せて与えている。如何に彼が気を使ってこの村に来ているのかが伝わってくる。
そして目的のお家に到着。ここの家族は写真を撮っても大丈夫とのこと。村の案内人の女性はミャンマー語とKyan語、ガイドはミャンマー語と英語、僕たち2人は英語、そして語りかけてくれる78歳の女性はKyan語。総計5人で話をした。何よりビックリしたのは、78歳の女性は、自分が4~5歳の時に日本人がここに来ていたこと、自分たちの味方となってイギリス側についていた部族と戦ってくれたこと、日本の提案でイギリスと日本は部族の争いから介入をやめる提案が出されたこと、そういったことから日本人は自分たちの味方であることを親たちから聞いているという話。しかもである。日本人をそれ以来一度も見ていない、これが初めてだと言って、こちらをジーっと見つめている!首長族の人を見に行ったはずが、こちらが珍しがられているので、立場が逆転!
でもそのことが親近感を増し、話はフランス人の人も含め、いろいろなことについて語り合った。抜粋すると、
①彼らはしゃべる言葉はあるが、文字が無い。つまり口伝で伝えていく
②金の輪はブロンズ製で一度はめると数十年間外さない。だから彼らを正確に表現すると 首長族というより「Brass Coilling tribe」と表す方が正しそうである。
③昔、山でツタを首の周囲にネックレスのように巻いていたものが、光り輝く真鍮に代わっていったのではないかということ
④ブロンズは高価で、自分たちが子供の頃首に付けている人を見て親に付けてほしいと懇願していたこと。けれども高価なので、家庭でもつけることができるのは1人か2人の娘だけ。最近はつけて欲しいという娘が減ってきているということ。
⑤自分が死ぬときには、一緒に墓に入れて欲しいと希望していること
これまでは村落内での結婚が多かったが、最近は他の村落へ嫁いでいくことも多くなっていることやブロンズを巻きたいという娘がほとんどいないというお話を考慮すると、彼らの姿を写せるのも、ここ数年かもしれない。輪を付けた中で一番若い娘さんの写真があるが、これはお土産を販売している場所で、争いでタイへ出ていた人たちが戻って来、親子で商売を始めたということである。





