家族の役割 | サッカー馬鹿のなれの果て ~頂きへの道~

サッカー馬鹿のなれの果て ~頂きへの道~

プロサッカー選手を引退後、サラリーマンとして生きていくサッカー馬鹿の奮闘記!?

今日はとても辛い出来事がありましたが



神がくれた試練ということで




とても前向きな自分がいることに




己の成長を喜んでいます





人生は山あり谷あり





苦しみの向こうに




喜びがあることは






間違いないと思っています






苦しみWelcomeです










突然ですが


私の尊敬している人は


父と兄です。







母は尊敬していません。







表現が違いますね。



母親と言う存在は



尊敬するとかしないとか



そういう対象にないということです。







母親という生き物は




子供を危険にさらすことはしません。




どんな理由があろうとも





子供に苦労をさせまいとする生き物です。







『試練を与える』という行為をあまり好まない気がします。







つまり、母親にとっては子供が何歳になっても



ずっと『子供』という考え方から




いい意味で脱却できないのです。







逆に父親(男親)はある歳を過ぎると




息子を自分と同じ一人の男として見ます。





兄貴もそう。








『自分の子供』『自分の弟』というより



『一人の男』という見方に切り替えてくれるんですね。



『同じ父親』という見方をしてくれる。







一人の男として見てくれるので


もちろん、俺に試練を与えたりすることに対して



いい意味でドライでいてくれます。






辛い思いをしてでも




その壁を乗り越える事が




男にとって必要なことだ




結果、それが家族を守る事だ




と考えるのですね。








高校時代





父親がボソッと言った言葉を




今、大切にしています。






その言葉は




『子供のやりたい事を、親の理由で我慢させる事が、親にとっては一番辛いこと』




この言葉が
今、父親としての自分の根幹にあります。





兄貴からもらった言葉は



俺がサッカーを引退して就職先を
探していた時のこと





『今のお前が大手行ってなにすんの??
試合に出れる会社を選べよ』




その通りだったよ。




シンプルで迷いが吹っ切れた瞬間だったね。









母親のくれた言葉で大切にしている言葉は二つあります。






サッカー選手時代に新潟にいた自分に




電話でかけてくれた言葉です。





『若いのにそんな苦労する道を選ばなくてもいいのに。
他の大学生はもっと楽しく遊んでるよ』




もう一つは




『あなたはチュン(愛犬)が、一人で日本海の荒波を泳ぎたいと言っても
泳がせないでしょ!!?それが親心ってものよ』




母親らしい温かい言葉だ。









大人になると
様々なシーンで
色々な情報を得ることが出来る





でも結局



その情報を
自分の中に取り込むか
排除するかの判断基準は



常に家族にあるような気がする






『三つ子の魂百まで』




使い方は様々だけど




結局そういうことだと思う




今日この頃です





【結論】




父親は尊敬し




追いつき




追い越すもの





母親は




一生大事にするもの