私は面倒臭がり屋です。授業や掃除はさぼりたいし、風呂洗いやトイレ掃除は疲れる
し、宿題はやらなくたってまた次やればいいと思います。なかでも、夏季課題や冬期課
題は本当に思ってしまいます。他にも、一行日記なんて書いたって何にもならないと思
うし、おつかい? そんなのいかない。いかない。これらは全部「めんどくさい」で括ること
ができてしまいます。ある意味すごいことばです。
だから人々はよくこのことばを使います。前に挙げた例の他にも仕事でも、家庭でも…挙
げていったらきりがありません。自分の近い人でもやはりよく聞きます。例えば友達と一
緒に帰っている時に、
「今日のテレビの~のゲスト誰だっけ?」
「新聞のテレビ欄見ればいいじゃん」
「やだよ。めんどくさい。」
「えー。」
…
こんな風な会話を一度や二度はみなさんした事があると思います。問題はたくさんあ
ると思いますが、本当の問題は将来大人になってからこの言葉を使ってしまうと本当に
困ってしまうことです。もし仕事が面倒で「面倒臭い」を理由にしてその仕事をやらない
でいると首が飛んでしまいます。かといって、すぐに面倒臭いことを強引に楽しいことに
変えて面倒臭くないようにするのは容易ではありません。というより無理です。これを解
決するには、やはり少し時間がかかりますが、毎日毎日面倒臭いことをやり続けて(例え
ば勉強だったら毎日一時間半勉強するなど)それを面倒臭いと思わなくなるまでやり続けるしかありません。
他の可能性も見ていこうと思います。一つめに、適当にはぐらかす。「~だから」と言い訳を付ける。これならその場をしのげます。しかし、しのげるのはその場だけです。他の場ではしのげません。言い訳を言ったとしても、しのげる確率は極端に少ないし、一回言い訳が通ったとしても、それで終わりではありません。水のように流れて過ぎていくものではありません。だからこの方法は使えません。次に、後に回すことはどうでしょう。後でちゃんとやれば大丈夫だと思いますが…?でもこれは典型的な成功できないパターンです。後に回すことは必ず続いて気がつけば前日…ということは多々あります。だからこれもだめです。では最後の手段として、諦めるのは?というのはやってもいいが、それはその後の人生に大きく関わるでしょう。
と、いろいろ言ってきましたが本当に「面倒臭い」と言うことを解消するにはやはり「面倒臭い」と思うことを日々嫌でもやり続けるしかありません。でも、それをずっとやり続けたなら、苦しいとは思わなくなります。だから大切なのは「ぶつかる」ことと「続ける」ことです。別に当たって砕けてもいいんです。まだ先は長いんです。でも、無理をしてはいけません。そこで挫折を味わってしまうと、立ち直ってからまたやりたくなくなってしまうからです。だから大事なのは「ぶつかる」こと、「続ける」ことと、「無理はしない」ことです。