*クリニック卒業後に、過去記録を書いてます。

判定日当日。
朝起きて、おトイレへ。
昨夜の茶オリはどうなったか…まずチェックしに。

昨夜よりは減っていた
良かった…。
リセットでは無いんだな。

平日なので、定時後にクリニックにいくように、番号を、とった。
でも、プラス10番までは診てくれるので、それを考慮したちょっと早めの夕方を狙った。

それが…いつもよりも番号の進みが早くて早くて。とても夕方まではもたないなと思い、急遽午後お休みし、クリニックへ。

まずは、採血。

クリニックについたら、進みが悪くなった…。でも、夕方前には呼ばれた。

ドキドキドキドキ。

診察室に呼ばれたら、先生は内診中なのか、席にはいなかった。

机の上のカルテをみたら、アレっ見たこと無いピンクの用紙が挟まってる。
胚移植後の黄体管理とかいうシート。
これ、初見。
もしかして、反応でてる!?

先生『数値でてるね。あなたは…』
と、カルテを、ペラペラ。

私『先生ありがとうございます。こちらでは、初めて着床しました。しっかりした数値は、5年ぶりです。』

先生『そうだよね。今日からは、プロゲステロン膣座薬とバッファリンは飲んで…他は飲みきりね。次は、だいたい1週間後ね。』

私、この時、ビックリしたのと単純に嬉しくて、薄っすら涙がらでてきちゃって
ここから、先が長いのはわかっているけど。
ここまで来るのも、長かったんだから、喜んでいいでしょって思ってね
なかなか喜べる時、なかったんだもん。

少し先にいた看護師さんが、『良かったね』と口パクしてくれました

その後、旦那やお友達にLINEし、気にしてくださってる方や鍼灸の先生にも電話しちゃいました

初めて陽性を貰った2007年の時、何も知らなかった私は、これから先はバラ色で、ウキウキし…浮かれてた。
旦那も。最寄り駅に着いたら、改札に花束と、初たまを持って、私を、待っていてね。
この後、残念な結果になり。
妊娠の難しさを知り、浮かれた自分を責めちゃった。

2回目にしっかりした数値をら貰った2010年。
病院の先生から『おめでとうございます。妊娠してますよ』と握手を求められたな。
逆に、えっ~これから先に色々あるのに、先生…と思った冷静な自分がいてね。
この後、BT12で失速。

あれから、妊娠継続できる受精卵が欲しいと、ひたすら貯卵に励む。
着床しても、妊娠継続できなきゃ意味がない。

このしっかり数値がでた2回目は、38才3ヶ月。

あれから、5年ぶりのしっかりした数値。
43才3ヶ月。

喜べる時は、喜こぼうって、考えになってました

帰宅後、旦那からあんまり喜ばない方が良いんじゃないはてなマークって、言われました。

でも、『いいの、いいの。嬉しい時は、喜ばなきゃ』と。

不安な気持ちは沢山ある。
むしろ不安のがおっきい。
失いたくないと思えば思うほど、募るんだよね。
私にできるのは、
なるべく考えないように、過ごす事。

*この後、hcg数値を記載します。
見たくない方は、スルーしてくださいね。















hcg数値 323
この数値でも、考えちゃう。
どっちの卵ちゃんはてなマーク
BT9なのかBT13なのか。
両方なのか…

考えちゃ、いけませんね
不安になるだけ。でも、簡単な計算。
BT9の卵ちゃんで、ある事を祈る私でした。