中ヒットに導くゲームデザイン/T・フラートン/中本浩 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

中ヒットに導くゲームデザイン/T・フラートン/中本浩

「風の旅ビト」の開発者などを指導したゲームデザイナー&ゲーム開発メンターとして、その知識を余すところなく詰め込んだゲーム開発の入門的教科書。

内容程度としては専門学校や大学専攻での、ビデオゲーム制作の教科書にもってこいだろう。実際に取り組める課題も多く提示され、例示されるサンプルゲームとして最近のヒットゲームが多数俎上に登り、何より、レジェンドから現役バリバリの最前線選手まで、多数のゲーム開発者がコラムとして自身のゲーム観、ゲーム開発観を惜しげも無く開示しているのは大変に読みでがあって素晴らしい。この部分だけでも購入する価値があるだろう。

 

ただし、日本語訳が最低最悪の最凶の水準である。

誤字脱字誤変換が多数あるのは技術書にはありがちなことなので、百歩譲るとしても、一昔前のGoogle翻訳に申し訳程度に手を入れました、と言わんばかりの翻訳精度や日本語としての文章の読みにくさは、怒り心頭に発するレベルだろう。読んでいて何度本書を投げ捨てようかと思ったことか。そのせいで読み終わるのに、こんなにも長い時間が掛かってしまった。大変興味深い内容に、ふんふんと熱中して読みにくい文章を「解読」していると、ついに、全く意味の分からない文章に衝突するのだ。一見日本語としてそつなく書かれているように見えるが、「その」とか書かれた代名詞が何を差しているのか全く読み取れず、また単体でも、その主語と述語の組合せで一体何を意味しているのか理解できない、そんな、よくよく読めば読むほど意味が分からなくなる文章が、実に多数出てくるのだ。当然、そうした箇所で読書スピードは停止する。

機械翻訳を、内容に目をつぶって体裁だけ整えると、実にこんな感じになると思う。訳者が原書の「内容」を理解していない事は、例えば、クリエーターが例示する、個々のゲームの具体的なシーンの描写などを読めば一発で明らかだ。

 

本書の原書の内容は大変素晴らしい物だが、これらの理由により、訳本である本書自体は、全く薦めない。内容的には実に教科書に相応しいが、実際に本書を教科書に選べば、その本来は不要であるべき「言語的読解」部分で多数の生徒が脱落するとことは明らかだ。内容の理解に進む前に、日本語が読めなくて積まれることになるだろう。この訳書は罪である。偉大な原書を殺してしまったのだ。本来ならば知識を環流させることにより産業の発展をもたらすべき書籍が、日本では、翻訳の拙さにより完全に足を引っ張る事になるだろう。本書を購入することは、訳者やそれを監修した者に対価を払うことになり、その価値をほんの些少でも認めてしまうことになる。

 

 

クールジャパンなどと浮ついた構想をぶち上げるなら、例えばこうした教科書の出版などに予算を割くべきだろう。その内容をきちんと監督すべきだろう。それが技術者を育てるという事であり産業を育てるという事だ。

 

もし私が日本のゲーム産業を停滞させようと目論む策士ならば、本書のような訳の酷い技術書を大量に出版するだろう。世界的に共有されるべき素晴らしい内容が日本人にだけは伝わらない上に、すでに訳書が存在することで、ちゃんとした訳書を作り直そうという有志の気概をも挫くことができる。別の翻訳本が日本で出版されることは商業的にあり得ないだろうし、つまり本書の珠玉の内容はは日本では完全に封殺された、と言う事である。本書の訳者や監修者が海外の産業関係者の回し者だ、などと陰謀論をぶち上げるようなことは流石にしない。本件は単に無能な人間が招いた事故だろう。しかし、万が一陰謀論が事実だったとしても驚かないだろう。本書をじっくり読んだ者ならば誰しも異論は無いはずである。

 

T・フラートン/中本浩
中ヒットに導くゲームデザイン