愛猫ぶっちゃんのゴール
先月27日、愛猫ぶっちゃんが息を引き取った。
18歳と9ヶ月だった。
死因は詳しくは分からない。数日前の血液検査ではBUNが振り切っていたので、腎不全だった事は間違いないが、チックやけいれんなどの症状はなく、尿毒症ではないように思えた。むしろ、多臓器の不調から自然と心肺停止した老衰のように思われた。
苦痛や倦怠など苦しそうな感じは全く見受けられなかった。
前日から寝たきりで動けなくなっていたものの、支えて補助すれば自分でご飯を食べ、甘えてぐいぐいと力強く頭を押しつけた。
直前も、深い昏睡の合間には、かすかに戻った意識で甘え、満足げに手足を動かし、私と妻とが見守る中、数回深く息をついて、安らかにその生涯を終えた。
本当に安らかだった。
それがどれほど素晴らしい贈り物だったかこの1週間でしみじみと理解した。
6年前にみけぼんを亡くした時、私達夫婦はそのショックに打ちのめされた。その死を直視できず、受け入れるのに長い時間が必要だった。その理由には、当時人間精神として未熟だったと言う事もあるし、突然に大切な者を奪われるという衝撃、そしてみけぼんが苦しんだ事、それを看取る事で我々も苦しみ傷ついた事、いろいろな物事のタイミングなど、諸事重なった結果であると思われる。みけぼん不在の寂しさはもちろん、辛くて写真を見る事すら叶わない程の心の傷跡が長く残った。
2年前の義弟の死はさらに悲惨だった。理解も納得もできないその突然の死は、特に妻の心を酷く傷つけ、日常を破壊した。私自身その忌まわしい記憶に苛まれ、妻にしてやれる事と言えば、ただその背をさすりながら年月がその生々しい記憶を薄れさせるのを願いつつひたすら待つ事しかなかった。
この逃げ出したいほどの、暗々と累積した忌まわしき死のイメージを、ぶっちゃんは、その穏やかな死で綺麗に払拭してしまった。
雪解けのようだった。雨上がりにエンジェルラダーが降りるかのようだった。
辛い経験と記憶が歪めた陰惨な死のイメージ、そしてそれが源泉となって紡ぎ出す様々な負の感情と記憶。このネガティブな脳内ループを、ぶっちゃんはそっと優しく解き放ってくれたのだ。
穏やかに楽しく日々暮らし、嬉しい事好きな事に満足し、その日常のほんの続きであるかのように、愛する家族に囲まれ見守られながら、ただ眠るようにぶっちゃんは息を引き取った。
大満足の生涯だったと語っているようなその姿に、妻と私は、ぶっちゃんの死を、大満足ゴールと呼んだ。
死とは禁忌のイベントではなく、誰にでも訪れるゴールである。そのゴールへ大満足で辿り着く事ができるなら、こんなに幸せな事はない。
そう教えてくれていた。
内容だけなら、幾百の書で読み幾千の人が語った教えと同じかも知れない。しかし、肉親が身をもって示したその真理は金言に勝る実感として妻と私の腑に浸みた。
もちろん、胸に穴が開くほどの寂しさはある。毎日何度も泣いている。寂しさが癒えるには長い時間が掛かる事は間違いない。
しかし、今、妻と私の胸の底には、ぶっちゃんに導かれて歩いて行けるんだ、という暖かな実感がある。
ぶっちゃんが成し遂げた大満足ゴールを、私も妻も、頑張って目指そう。大満足に生きよう。
ぶっちゃんは大切な家族であるが、その存在に癒やされる事は多かれど、あくまで庇護する、お世話する対象なんだとずっと思っていた。
そうじゃなかった。何も分かっていなかった。
ぶっちゃんは文字通り私と妻を支えていた。時に叱り、時に励まし、なにより幸せと安らぎを与えてくれていた。そして、人生の真理をお手本として教え、そのゴールの後も、ずっとずっと導いてくれているのだ。
驚愕だった。
本当に、こんな事が起こりうるとは想像もしていなかった。これほど素晴らしい置き土産があるなんて、いくらサプライズ好きのぶっちゃんだからといって、まったく予想外だった。
19年前にダンボールで拾い、育て、一緒に幸せに暮らした事に対する報恩だというのだろうか。
だとすれば、私達の方がはるかに素晴らしい贈り物をもらった事になる。そして、そのゴールで、本当にどれだけ助けられたか分からない。
ぶっちゃん、本当に、ありがとう。ありがとう。
18歳と9ヶ月だった。
死因は詳しくは分からない。数日前の血液検査ではBUNが振り切っていたので、腎不全だった事は間違いないが、チックやけいれんなどの症状はなく、尿毒症ではないように思えた。むしろ、多臓器の不調から自然と心肺停止した老衰のように思われた。
苦痛や倦怠など苦しそうな感じは全く見受けられなかった。
前日から寝たきりで動けなくなっていたものの、支えて補助すれば自分でご飯を食べ、甘えてぐいぐいと力強く頭を押しつけた。
直前も、深い昏睡の合間には、かすかに戻った意識で甘え、満足げに手足を動かし、私と妻とが見守る中、数回深く息をついて、安らかにその生涯を終えた。
本当に安らかだった。
それがどれほど素晴らしい贈り物だったかこの1週間でしみじみと理解した。
6年前にみけぼんを亡くした時、私達夫婦はそのショックに打ちのめされた。その死を直視できず、受け入れるのに長い時間が必要だった。その理由には、当時人間精神として未熟だったと言う事もあるし、突然に大切な者を奪われるという衝撃、そしてみけぼんが苦しんだ事、それを看取る事で我々も苦しみ傷ついた事、いろいろな物事のタイミングなど、諸事重なった結果であると思われる。みけぼん不在の寂しさはもちろん、辛くて写真を見る事すら叶わない程の心の傷跡が長く残った。
2年前の義弟の死はさらに悲惨だった。理解も納得もできないその突然の死は、特に妻の心を酷く傷つけ、日常を破壊した。私自身その忌まわしい記憶に苛まれ、妻にしてやれる事と言えば、ただその背をさすりながら年月がその生々しい記憶を薄れさせるのを願いつつひたすら待つ事しかなかった。
この逃げ出したいほどの、暗々と累積した忌まわしき死のイメージを、ぶっちゃんは、その穏やかな死で綺麗に払拭してしまった。
雪解けのようだった。雨上がりにエンジェルラダーが降りるかのようだった。
辛い経験と記憶が歪めた陰惨な死のイメージ、そしてそれが源泉となって紡ぎ出す様々な負の感情と記憶。このネガティブな脳内ループを、ぶっちゃんはそっと優しく解き放ってくれたのだ。
穏やかに楽しく日々暮らし、嬉しい事好きな事に満足し、その日常のほんの続きであるかのように、愛する家族に囲まれ見守られながら、ただ眠るようにぶっちゃんは息を引き取った。
大満足の生涯だったと語っているようなその姿に、妻と私は、ぶっちゃんの死を、大満足ゴールと呼んだ。
死とは禁忌のイベントではなく、誰にでも訪れるゴールである。そのゴールへ大満足で辿り着く事ができるなら、こんなに幸せな事はない。
そう教えてくれていた。
内容だけなら、幾百の書で読み幾千の人が語った教えと同じかも知れない。しかし、肉親が身をもって示したその真理は金言に勝る実感として妻と私の腑に浸みた。
もちろん、胸に穴が開くほどの寂しさはある。毎日何度も泣いている。寂しさが癒えるには長い時間が掛かる事は間違いない。
しかし、今、妻と私の胸の底には、ぶっちゃんに導かれて歩いて行けるんだ、という暖かな実感がある。
ぶっちゃんが成し遂げた大満足ゴールを、私も妻も、頑張って目指そう。大満足に生きよう。
ぶっちゃんは大切な家族であるが、その存在に癒やされる事は多かれど、あくまで庇護する、お世話する対象なんだとずっと思っていた。
そうじゃなかった。何も分かっていなかった。
ぶっちゃんは文字通り私と妻を支えていた。時に叱り、時に励まし、なにより幸せと安らぎを与えてくれていた。そして、人生の真理をお手本として教え、そのゴールの後も、ずっとずっと導いてくれているのだ。
驚愕だった。
本当に、こんな事が起こりうるとは想像もしていなかった。これほど素晴らしい置き土産があるなんて、いくらサプライズ好きのぶっちゃんだからといって、まったく予想外だった。
19年前にダンボールで拾い、育て、一緒に幸せに暮らした事に対する報恩だというのだろうか。
だとすれば、私達の方がはるかに素晴らしい贈り物をもらった事になる。そして、そのゴールで、本当にどれだけ助けられたか分からない。
ぶっちゃん、本当に、ありがとう。ありがとう。