惜別 岩田聡
月曜に衝撃のニュースを知ってからずっとモヤモヤした気分が落ち着かない。
それは、上場企業の社長が亡くなったという1トピックではもちろん無く、自分が情熱を注ぐ業界のリーダーが斃れたという衝撃と不安ですらなく、敢えて言うなら、昔からよく知っていて仲良くしてくれた近所のゲーム好きの兄ちゃんが亡くなった、もっと平たく言うと、ゲーム好きの友人を亡くしたんだ、という言葉にならない深い喪失感であった。
そして、その思いも掛け無さが、さらに衝撃に拍車を掛けた。一昨年に入院手術し、そこからようやくに回復されたばかりの所ではあったが、ペースを落とし負担を減らしつつも、精力的に仕事を続けている様はよく分かっていたからだ。つい2週間前の株主総会はもちろんの事、5月6月とちゃくちゃく更新した社長が訊くの新記事を見ても、確かに今から思えばゲッソリと痩せた相貌に潜伏する病魔を見て取れるのかも知れないが、しかし、その爛々と情熱を迸らせる瞳の輝きと、笑顔と、文中の的確で明晰でかつゲーム愛の溢れたインタビューの言葉の数々は、それを読んだ者に、よもや死期迫る人物であるなどと、微塵も感じさせる雰囲気ではなかった。月曜の朝早く、何気なく開いたネットニュースのトップページの訃報をみて、一瞬、何のことか理解がついていかなかったのも当然だったろう。
単なる任天堂の社長だった人物を、いわっち、と愛称で呼ぶほど親密に感じたのは、やはり社長が訊くシリーズを通じてであろう。初回はこれで、2006年9月の公開であるから、10年近くになろうという「交友関係」だったと言える。その他、E3やGDCなどイベントでのプレゼンテーション映像や、決算説明会、なにより2011年より始まったニンテンドーダイレクトでのゲーム紹介映像など、数多の露出を通じ、明晰な頭脳と誠実な性格、なにより深いゲームへの愛をひしひしと感じ、その魅力的な人柄の信奉者となったゲームファンは数知れないであろう。
寂寥の想いをつらつらと綴りたい気持ちもあるが、こうした気持ちにこだわりすぎると別のとても嫌な記憶まで呼び起こしてしまうので、この程度に留めたい。
少しでもコンピューターゲームを作った事のある人なら誰でも知っている言葉がある。
「ゲームを遊ぶより、ゲームを作る方が面白い」
エンタテインメント作品はなべてこうした側面を持つだろうが、この伝でいうなら、ゲームを作る会社を経営するゲームは、余人の想像の及ぶべくもないほど、さぞかし楽しかった事だと思う。命を削るほどに。しかも、彼しかなしえなかったであろう未曾有の実績を残している。このハイスコアランキングのエントリーネームは、永劫消える事はないであろう。
早すぎる死、などというものはない。いつだろうと、やりたい事だらけなのだから、百歳になろうと何歳になろうと、死は常に早すぎる終わりだ。だから、心の声を良く聞いて、自分のしたい事をしておかないと、いつか確実に訪れる「早すぎる死」にたじろぐ事になるだろう。これを彼の遺訓として、今後もゲームその他の遊びに邁進しようと思う。
それは、上場企業の社長が亡くなったという1トピックではもちろん無く、自分が情熱を注ぐ業界のリーダーが斃れたという衝撃と不安ですらなく、敢えて言うなら、昔からよく知っていて仲良くしてくれた近所のゲーム好きの兄ちゃんが亡くなった、もっと平たく言うと、ゲーム好きの友人を亡くしたんだ、という言葉にならない深い喪失感であった。
そして、その思いも掛け無さが、さらに衝撃に拍車を掛けた。一昨年に入院手術し、そこからようやくに回復されたばかりの所ではあったが、ペースを落とし負担を減らしつつも、精力的に仕事を続けている様はよく分かっていたからだ。つい2週間前の株主総会はもちろんの事、5月6月とちゃくちゃく更新した社長が訊くの新記事を見ても、確かに今から思えばゲッソリと痩せた相貌に潜伏する病魔を見て取れるのかも知れないが、しかし、その爛々と情熱を迸らせる瞳の輝きと、笑顔と、文中の的確で明晰でかつゲーム愛の溢れたインタビューの言葉の数々は、それを読んだ者に、よもや死期迫る人物であるなどと、微塵も感じさせる雰囲気ではなかった。月曜の朝早く、何気なく開いたネットニュースのトップページの訃報をみて、一瞬、何のことか理解がついていかなかったのも当然だったろう。
単なる任天堂の社長だった人物を、いわっち、と愛称で呼ぶほど親密に感じたのは、やはり社長が訊くシリーズを通じてであろう。初回はこれで、2006年9月の公開であるから、10年近くになろうという「交友関係」だったと言える。その他、E3やGDCなどイベントでのプレゼンテーション映像や、決算説明会、なにより2011年より始まったニンテンドーダイレクトでのゲーム紹介映像など、数多の露出を通じ、明晰な頭脳と誠実な性格、なにより深いゲームへの愛をひしひしと感じ、その魅力的な人柄の信奉者となったゲームファンは数知れないであろう。
寂寥の想いをつらつらと綴りたい気持ちもあるが、こうした気持ちにこだわりすぎると別のとても嫌な記憶まで呼び起こしてしまうので、この程度に留めたい。
少しでもコンピューターゲームを作った事のある人なら誰でも知っている言葉がある。
「ゲームを遊ぶより、ゲームを作る方が面白い」
エンタテインメント作品はなべてこうした側面を持つだろうが、この伝でいうなら、ゲームを作る会社を経営するゲームは、余人の想像の及ぶべくもないほど、さぞかし楽しかった事だと思う。命を削るほどに。しかも、彼しかなしえなかったであろう未曾有の実績を残している。このハイスコアランキングのエントリーネームは、永劫消える事はないであろう。
早すぎる死、などというものはない。いつだろうと、やりたい事だらけなのだから、百歳になろうと何歳になろうと、死は常に早すぎる終わりだ。だから、心の声を良く聞いて、自分のしたい事をしておかないと、いつか確実に訪れる「早すぎる死」にたじろぐ事になるだろう。これを彼の遺訓として、今後もゲームその他の遊びに邁進しようと思う。