先週読んだ漫画 15/06/20-06/27 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

先週読んだ漫画 15/06/20-06/27

●PLUTO 1-8巻/浦沢直樹

以前図書館で借りて読み進めていた事があったのだが、飽きて、途中で止めていた作品。職場で全巻セットを妻が拾って読み、通して読むと結構良い、との評だったので、自分も読んでみた。確かに、一気読みならではの没入感で結構楽しめた。以前より自分は浦沢直樹の最近のマンガをあまり評価していないが、その理由は内容が無いからである。本作も、派手なシーンや深遠そうなテーマの提示、複雑なプロット、個性的な登場人物、とまるで映画の予告シーンの寄せ集めのように、見るものの目を引きつけて放さない。が、いざ読み終わって、さて、これはどんなお話だったのだろうと振り返って思い返すと、そこには何も無い。撤収したイベント会場跡のような茫漠とした荒野が広がるのみである。特に本作などは原作付きである。にもかかわらずこの始末である。以前も書いたが誤解の無いように再度書いておくと、内容が無い、というのは、テーマの有無とは関係ない。「憎しみからは何も生まれない」というようなテーマを提示する事がマンガにとっての内容ではない。マンガにとっての内容とは、言い換えるなら魂のことだ。例えばこのマンガであるなら、アトムやゲジヒトが存在すると言う事はどういうことかを咀嚼し、発酵させ、確信を持ってその存在ぶりを紙面に描く事である。平たく言えばこだわりである。それが無い。だからここに「アトム」は描かれておらず、アトムというキャラがコマとして配されているだけなのだ。そして、魂の無いキャラであるためか、アトムもゲジヒトも、全然ロボットに見えないのだ。普通の人間キャラと全く同じに見えてしまう。いやいや、人間と区別が付かないほど精巧なロボットなんですよ、というのは言い訳に過ぎない。それならば、「人間」では無くて「人間と区別が付かないほど精巧なロボット」に見えなくてはならないはずだ。それが全く出来ていない。ロボットマンガであるアトムのリメイクで、そうした要点が表現できていなければ、一体他に何を表現し得るというのだろう。
読んでいる間は楽しいが、読み終わってみると、何も無いし、もういいやとなる。まるで飲食店の濃い味付けの大衆料理のようである。
ところで、実は原作のアトムの長編は読んだ事が無いのだった。一度読んでみようと思った。